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2014.12.04 (Thu)

ぜんぶのあと

メルルのアトリエからトトリとミミのお話となります。
トトリ&ミミアンソロジー『私情友情愛情』に寄稿した原稿に調整を加えた内容となります。
字数的には18000字そこそこです。読書時間のご参考までに。

続きから本編となっております。
どうぞごゆるりとお楽しみ頂ければと思います。

【More・・・】






 湿り気を伴った音を立てながらゆっくりと回りゆく水車の音を聞きながら、木々と青空との境目を控え目に見上げるようにする。塀へ腰掛け当て所なく佇む私へと、遠くで鳴く鳥の甲高い声が届く。
 どこまで栄えたとしても決して尖ることなく、穏やかな自然が身を包み込んでくれるようなこの地のことを私は嫌いではない。走り出した当初はどうなることかと思ったものだが、国も民も誠以て真摯であり、全くの更地を並々ならぬ努力でしてこうまで発展させたのだ。自らも要人としてその開拓事業に関わっていたものだから、果てに産声を上げるに至った彼ら風情に対する思い入れも一入である。
 そう。時が経つのは早いもので、私がアーランドの冒険者ギルドからこの地へ派遣されて、既に五年ほどの月日が流れようとしている。
 アールズという国が歴史上から姿を消すことになってから、早数ヶ月となる。いや、姿を消すだなんて大げさないい方をしてしまったものだけれども、土地自体にアールズという名は残っているのだ。アーランド共和国の、アールズ地方として。
 しかし、そこにかつての国という概念はなく、あのお姫様にしてもいよいよを以てお姫様でなくなってしまい――あくまでも肩書上のもので、実質的には今までの環境と何ら変わることはないのだと分かってはいるのだが――どこかしゃっきりとしない違和を拭い切れない感がある。
 何だかんだいいつつも、やはり最中が楽しかったのかもしれない。いざこうやって全てを走り終えてしまった私はまるでノスタルジックに浸る勤めたてそのものであり、自分らしくないなと思う心とは裏腹に、ふと気を抜くとぼんやりと過去を偲んでは止まないような体たらくなのだ。
 何とはなしに思い出たちを列挙しながら希釈された時の中に身を委ねていたものだが、時間の方は相応に経過していたらしい。不意に背後のアトリエから木扉の開く重厚な音が鳴り響き、間髪入れずによく通る、この数年ですっかりと聞き慣れてしまった彼女の声が耳へと飛び込んで来る。
「あ、やっぱりいた。ミミさーん! そんなところにいないで中に入りませんか! 今からトトリ先生とお茶をしようと思っているんですよー!!」
 大義を成し遂げアールズ史上へ確実に項を残すであろう激動の時代を、常に先頭を切って走り抜いた立役者である彼女は、私が初めてこの地に訪れた時から何ら変わることがない。心中とはいえわざわざ一から褒めてやるのもどうしてか癪なものだから省かせて頂くが、私を含めて彼女の周囲に人が集まるのは偏に彼女の徳そのものに依るのだと思う。
「せっかくのお誘いだしご一緒させてもらおうかしら。私がいないとトトリも寂しがるものね」
 突いて出たような私の返答へとメルル姫はいつも通りの微苦笑でして返し、うしろからはトトリの、「そんなことないけどなあ」という間延びした声が聞こえる。
「今いくわ」
 そうして私は塀から降り立ち、メルル姫のアトリエへと足を向けるのである。


  *** ぜんぶのあと ***


 慣例なのだろうか。メルル姫とトトリと私と、この三人でお茶をする時はメルル姫が進んで給仕を務めることが多い。
 仮にも一国の姫君にお茶汲みをやらせるなどと、当初はどこか居心地の悪いところもあったものだが、当の本人には何の気負いもなく、また、ケイナからやり方をレクチャーされでもしているのだろう。彼女程ではないにしろなかなかの上質を提供してくれるものだから、私にしてもトトリにしてもついついお言葉に甘えてしまうのだ。
「はい、お待ち遠様です。へへ、今日はちょっと上手に淹れられた気がしますよ」
「あら、それは楽しみね。早速戴こうかしら」
 全員分の茶器が回り切ったのを認めた私はすぐにでも芳香立ち上るカップに手を伸ばそうとするのだが、ちょっと待って、とトトリからの静止が入る。
「そういえばパイを作ってたんだ。今日は錬金じゃなくて手作りでね。ミミちゃんが喜ぶかなあって」
 今持って来るね、とトトリがアトリエの奥へ引っ込むのに合わせてだらしなく緩んだ頬で意味ありげな視線を送るメルル姫なのであって、
「よかったですね、ミミさん」
「ええ、嬉しいわよ」
「あは。照れちゃって」
 こんな応酬も今更だ。私にしても慣れて来たもので、更に二言三言と投げて寄越すメルル姫の受け取り方もそこそこに捨て置くこととするのだ。取り留めのないとはまさに今の私とメルル姫のようなやり取りを指すことであろう。
「お待たせー。作り置きだったんだけどせっかくだからちょっとだけ温めて来ちゃった。甘めのミルクパイだし、お茶に合わせるんだから絶対にこっちの方が美味しいと思ってね。さ、食べよ食べよ」
 大小のお皿を両手にしたトトリは早速テーブルの上にパイを広げ、大皿に乗ったそれらを私たちの小皿に取り分けてくれる。メルル姫がお茶を用意し、トトリは合わせのパイを添えて、そして私は食べるだけと。何というか、我ながらもう少しどうにか出来ないものなのだろうか。今更なのか。
「いただきまーす!」
 一人悶々としている間にもメルル姫の一等元気な挨拶が聞こえて来るもので、まあ、細かいことはあとで考えればいいのかもしれない。
「いただきます」
「いただきまーす」
 取り掛かりの合図が済んでは、メルル姫はパイから手を付け、私とトトリはお茶で口の中を湿らせるようにする。然もありなん。メルル姫にしても思うと長い付き合いになって来たもので、彼女の趣向についても大分理解をして来たものである。
 私たち共通のやり方として、まずは目の前の逸品たちが冷めない内にと出来立てをある程度戴くことが習慣となっている。お話をすることも大事だが、目の前の彼らの熱は刻一刻と霧散していくからだ。申し合わせたことなど一度もなかったのだが、せっかくだから一番美味しい時をある程度堪能しようというのが、ここ数年で構築された私たちの流儀なのである。
 さて、則っては一口目を含んだあとにパイへと取り掛かる私のご機嫌を伺うようにするトトリであって、心配しなくても彼女がしっかりと味見をしたものを私が不味いといったことだなんて今の今まで一度もなかったはずだ――まあメルル姫の手前、これ見よがしに美味しいと賞賛したことも少なかったかもしれないが。
 じっと私を見つめるトトリのことをまた面白そうに見詰めるメルル姫を視界の端に捉えながら、しかし今日の私は少々気分がいいのだ。少しくらい砕けてもバチは当たるまい。
「トトリもメルル姫も、美味しいわ」
 私の返しがやはり意外だったのだろう。二人共に寸時呆けたような顔をしてから、それもやがて悪戯を成功させた無邪気な子供のような笑顔へと変遷する。そこまで面白がらなくてもいいだろうに。
「メルルちゃんも美味しい?」
「勿論! なんてったってミミさんのお墨付きですからね。トトリ先生の手作りが美味しくない訳がありません。あ、でもその、前みたいに変な魚類とかを混入しない限り!」
「魚類とか……もう、メルルちゃんもいうようになったなあ。ダメだよ? そういうところはミミちゃんの真似しちゃ」
「あんたの場合は自業自得でしょうが。普通に混ぜるだけならまだしも昔メルル姫に出した、ほら、生地の上に目玉がずらりと浮かんでいたやつ。あれを見た日には流石の私もこの世の終末を感じたわよ。ロロナさんなんて耐え切れずに泣き出しちゃうし」
「うう……栄養たっぷりだし、私は可愛いと思ったのになあ。何がいけなかったのかな。やっぱり目玉じゃなくてヒレを並べた方がよかったのかな。全体的にシャキン! って感じでかっこよくなるかも」
 ふわふわのパイ生地の上に剣山の如く鎮座するヒレの山を思い浮かべた私なのだが、これについてアリかナシかの二択で断ずるとするならば明らかに後者であろう。トトリは、こんな妙な発想に関してはやたらと有言実行を発揮する一面もあったりするものだから、将来の保身のためにも危うき構想は今すぐに打ち砕くべきであり、また、これについてはメルル姫とも共通の認識を得ることが出来るらしい。目線を合わせただけで何か通じるものがある私たちで、全く仕方がない。腐っても弟子である彼女からは強くいい出し難いところもあるのだろう。
「どう考えてもゲテモノの方向性を見出すことしか出来ないからやめておきなさい。もっと普通のを作りなさいよ、普通のを」
「え、ええ? ゲテモノだとか酷いよミミちゃん。ちゃんと考えて作ったのに」
 頬に手を当て思案に耽っていたトトリが真面目に考えていたであろう点については大いに理解出来る。だが、この世の全ての事柄が考えるだけで上手く解決するようなものばかりではないことは誰でもないこの私がしっかりと教示してやらなくてはならず、しかし、彼女にしても錬金術からのアプローチでしてその筋についての理解はしているものだとは思うのだが。創作は盲目なのだろうか。
「本気なのは分かったから。あんただけで作ると何もかもが先進的過ぎるのよ。だから、何かやる時は私を呼びなさい。一緒に悩んだり、ほら、そういうのに付き合ってあげるから」
「ひゃあ、ミミさんってば珍しく積極的だなあ」
「だまらっしゃい」
 一転して茶化し始めるメルル姫ではあるが、せっかく幸せ気分でいたトトリの顔がみるみると萎んでいくのを見るのは忍びなく、それに何だ、その、いいじゃないか。口実なのだ。
 果たして私の意図したとおりに頬笑みを取り戻したトトリは、これが私の最大限の譲歩であり、且つ振り絞った勇気の結果であることを理解しているのだろう。照れたような調子で以て控え目に応じるものだから、ああもう全くメルル姫の前だというのに。どうして私たちはこんなにも本気らしい空気を出してしまっているのだろうか。
「はは。何かアツいですね」
「うるさいわねバカ。空気を読みなさい」
「えへへ……」
 最近のメルル姫はこうやって私たちを茶化すことを覚えていけない。事こういう次第となってはトトリは割と乙女なのであって、私がしっかりと受け答えをしないと弄られ放題のような態となってしまうのだ。
 とまれ、全てを引っ括めて私たちの茶話である。実にゆるく、取り留めなく、それでいて居心地がいい。諸行無常を謳ったばかりではあるものだが、老いたとてこういう関係は長く続けていきたいと感じる。
「メルル、失礼しますね」
 扉を控え目に打つ音が二度響き、不意に聞き慣れた声が上がる。どうぞ、と応じるトトリに対してメルル姫はしまったといわんばかりの渋い表情を浮かべており、彼女のことだ。また何かをやらかしてルーフェス辺りのお呼びが掛かったのだろうか。
「ミミ様、トトリ様、ごきげんよう。せっかくおくつろぎのところ失礼致します」
「構いはしないわよ。悪いのはケイナじゃなくて、そこの元お姫様なんでしょう?」
 嫌味たっぷりの私の言に対してメルル姫はそっぽを向きながら手と手を遊ばせるようにしており、やはり心当たりがあるのだ。月日が流れど、こういうところは相変わらずなのである。
「お察しの通り、本日は昼食を取ったあとにデジエ様のところへ見えられるようお願いをしていたはずなのですが、はあ……案の定でしたね」
「もお、ダメだよメルルちゃん? お仕事のことはしっかりとやらなくちゃ」
「うええ、だってお父様ったら仕事以外のことも根掘り葉掘り聞くもんだから疲れちゃって。たまにルーフェスと二人して合体攻撃までして来るし」
「何が合体攻撃ですか……そんなことだからいつもお叱りを受けてしまうのですよ。とにかく、さあ、そのお茶が空くまでは待ってあげますからそうしたら私と一緒にいきましょう」
「ケイナのいけずぅ」
 くたびれるメルル姫であるが、ケイナがデジエ、あるいはルーフェスの使いで来ていることをもまた理解しているのだろう。自分がいかなければ彼女に迷惑が掛かることを察しており、何だかんだといいながら今まですっぽかすような真似をしたことがない。あるいはそこまでを理解して彼らがケイナを寄越して来ているのかもしれないが。
 ともあれあっという間にトトリ特製のパイと自らのお茶とを平らげた彼女は身支度もそこそこに、むしろケイナを急かすようにする。早く終わらせたくて仕方がないのだろう。現金ではあるが実に分かりやすく、この辺こそがメルル姫的であると感じる。
「すいません、メルルを借りていきます」
 ケイナは扉を押し開けながら私たちへと一礼し、メルル姫も苦笑にて私たちへと応じる。
「何かすいません、ばたばたしちゃって。暫く戻って来れないと思うんでアトリエは好きに使っちゃってください。それじゃ、いってきまーす!」
 苦笑をしながら手を振り送り出す私たちであるが、アトリエの中でトトリと二人きりだなんてどうにも久し振りだ。少し緊張をしてしまう。
 あるいはそこまで計算をしての一幕だったのだろうか、いや、あのメルル姫に限ってそんなこと――そうやってうだうだと益の上がらないことを考えながらも、不意に見遣った先ではトトリが真っ直ぐな笑顔をこちらに寄越しており、外れることなどありはしない。真正面から当てられてはぐっと気圧されてしまう。
 全く、これが故意だというのであればとんだ策士である。
 そうして私は、駆け足にて城内へ赴いている最中であろう元お姫様へ感謝とお節介とを念じ続けるのだ。ニコニコと頬笑み続けるトトリを眼前に、私は心を強く持たなくてはいけない。


 嵐のようにメルル姫が去ったのち、気を取り直すかのようにお代りを提案して来るトトリに対して否やはない。私がうかうかと座している内にもメルル姫が用いたポットを引き継ぎ、そつなく二杯目の用意に取り掛かってくれる。
「何だかこうして二人だけでアトリエにいるっていうのも懐かしい感じがするね。アランヤにいた頃はミミちゃんが結構うちに来て本を読んでたけど、思うとあの頃が最後だったんだよね。私の派遣にしても急に決まったことだし」
「いわれてみると……確かにそうね。もう五年も前のことになるのかしら」
 茶葉を替えながら湯を沸かし、空のカップを温め始める彼女に対して私はパイを切り分けて皿に盛り付けること、また、空いた器の片付けを担うこととする。動こうとする私を座っていていいのに、と制する彼女だがそうはいかない。こちとらさっきから食って飲んでばかりなのだ。多少は働かなくてはなるまい。
「全くあんたも、あの時は急にふらっといなくなるんだから。残されたこっちの気にもなって、その……」
「へへ、ごめんねミミちゃん。私がいなくなって寂しかったんだよね」
「だ、だだ、誰が寂しいなんて!」
 勢いに任せて力いっぱいにパイを寸断する私に対してもトトリはどこ吹く風で、にこにこと笑いながら返しを寄越す。
「ごめんごめん。うん、私が寂しかったんだよ。ミミちゃんがいなくて寂しかった。これでいい?」
「む、むぅ」
 確実にあしらわれているとは分かっていても、いずれにせよ私の内心だなんて既にある程度をトトリに開いてしまっているのだ。どれだけここで強がろうと、それは滑稽以外の何物にもならない。
 私の口元が答えに窮している内にもパイは一人分のサイズへと着々と切り分けられ、トトリの紅茶の方にしてもあとは蒸らすだけなのだろう。卓上にポットを置き、立て肘に顎を預けながら私が盛り分けた皿を待ち遠しそうにしている。
「へへ、何か嬉しいね」
「こ、ここ、このくらい普通よ?」
 首を若干斜めに傾けながら無邪気を寄越すトトリは、自分の魅力が最大限に発揮されるポジションであると理解してこれを運用しているのだろうか。何とはなしの偶然という可能性もあるが、私がやられてしまっている時の彼女は大概が確信犯なのである。すなわち、今もそうなのだろう。
「もうちょっとだけ待ってね。あとちょっとくらいが丁度いいところだから」
「ん……」
 踏まえた上で、しかし私には対抗手段がない。メルル姫がいなくなったアトリエにおいて、トトリは弟子の前だからと気張るような気負いを解いているのであろう。私と二人きり――あるいはツェツィさんや、大きかった頃のロロナ先生の前でもそうなのかもしれないが――の時にしか見せないような油断を見せてくれるのだ。
 普段は先生たるべき、見本然として平素を振る舞っている彼女であるが、年齢に対してやや幼いくらいの素顔が本来の彼女なのであって、それらを理解しているからこそ久しく見られたこの時節こそが嬉しいものである。
 そして頃合いなのだろう。注いでいた湯を桶の中へと捨てに行き、空となった二つのカップを手にこちらへと戻って来、トトリは早速取り掛かる。
「ふーん、ふん、ふーん♪」
 あれは 風の調べ やわらかく 誘い出す
「ふーん、ふん、ふーん♪」
 あれは 水の香り 遙かなる 道標
「はい、出来た」
 上機嫌にお気に入りのメロディを鼻歌しながら注ぎ淹れるトトリを二節も待っていると出来上がりなのだが、その懐かしさから、終わりへと多分に残念を覚えてしまう自分がここにいる。
「ありがとう。パイも分けておいたから、適当にやりましょ」
 取って付けたような確認へとトトリは破顔にて応じ、二人きりでの続きと相成る。そう、パイを摘まみ、茶を戴き、私たちだけでしか出来ないお話をするのだ。
 表面上はトトリと接し上質を味わいながらも、それにしても歌というものは不思議なものである。特段に意識をせずとも頭の中を巡り、巡り、どうにも私を叙情的にさせていけない。
 ふわりふわりとあちこちを舞い続けた私とトトリは、やがてアールズという地で相見えることが叶った。それは偶然なのか、果たして私たちが流れに逆らい足掻いた末の帰趨であるのか。生涯悩んだところで分かりはしないのだろうが。
 それでも、先程の詩を借りるのであれば、私にとっての彼女はまさに風のようであり、また水のようでもあり。
 ――どうしてだろうか。旅を、久しく感じる。


 騒がしいメルル姫が退室したからといって、アトリエの中は全くの無音となる訳ではない。安定期に入っているであろう調合物が控え目に煮立つ音、外からは元気いっぱいにはしゃぐ子供たちの声や、時偶重厚な音を響かせる水車の音も聞こえる。私たちが立てる茶器の音なども更なり。
 逆を申すのであれば、それら些細な音たちを敏感に察知出来るような状況なのである。先程からどうにも会話のない私たちの間なのであって、しかし話題があらず持て余しているという訳でもない。私については久方振りにトトリと着ける席なのであって、どうやら何とはないこんな時間をしかと堪能しに掛かってしまっているのだ。
 上手くはいえないのだが、この、何も喋らなくとも互いに苦痛ではない空気を形成出来る関係が認識できる状況――というのが今の私の感覚に対して最も近い表現なのかもしれない。これが、実にいい。
 私は人の目をじっと見詰めるということが得意ではない。
 何かしらの文句をいうであるとか、あるいはいざ武を交えての対峙の場となった時など勢いの乗る折には話が別となるが、基本的にはトトリにしろメルル姫にしろ、その他大勢の誰でもそうだ。親しいか否かの別に問わず、私という人間は元来がそのように出来上がってしまっているらしいのだ。
 そんな態であるものだから、当然のように理由など分かったものではない。何とはなしに視線を相手方の一点へと置けないものだから、気付けば先はあちらこちらへと遷移し、これもまた世間一般的には悪癖と呼べる程に悪いものでもないため、改善を半ば諦めてしまっているような状況なのである。
 その私が一時だけであるとはいえ、変われる瞬間がある。
 そうだ。今がそうなのだ。私の視線はトトリの面を中心に、しっかりと彼女から外れることなく捉え続けている。
 勿論、彼女の視線とばっちりぶつかることもあるが逸らしはしない。そもそもがぶつかるという形容からして今の私にはどうにもしっくり来ない。普段はまさにそのような認識でいる私だが、今のトトリとはこう、ぶつかるというよりは重なるというか何というか、そのような心持ちなのだ。衝撃が少ないのだから逃げる必要もないし、だからこそ私は見詰め続ける。立て肘にて頬に手を当て、没頭するのだ。
「何かね」
 カップを軽く傾けたトトリが喉奥に茶を落とし込んでは一息、不意に口を開く。
「普段は全然そうじゃないのに、昔から、たまにミミちゃんってそうなるよね。二人きりの時にね、私のことずーっと見て来るの。最初は私の顔に何か付いてたりするのかなって思ったりもしたんだけどそうでもないみたいだし、いつもと違って真っ直ぐにずっとそうだからさ。えへへ……何か照れちゃうんだよね」
「む……」
 そうして照れくさそうにパイを千切っては口元に放り込んで誤魔化すようにするトトリなのであって、本当に、彼女はたまにこうだ。普段はどこか間の抜けたところがあるというのに、見逃してはならない本質のようなところはしっかりと捉えている。あるいはこれが錬金術士たるものが修めるべくして修めたセンスなのだろうか。
「別に……いいじゃない。ここには私とトトリしかいなくて、そうして私はトトリとお茶をしているのよ。他に何を見るっていうのよ」
 そうやって私はズルく掛かるものだが、どうにもその場凌ぎの感を強く思う。これら咄嗟は、間違いなく私の悪癖の一つであるといってもいいだろう。
「じゃあ私もそうしようかなあ。ここには私とミミちゃんしかいなくて、私はミミちゃんとお茶をしているんだもんね。ミミちゃん以外を見ることなんてないんだよね」
 いうが早いか早速有言を実行に移すトトリで、これではまるで我慢比べのような態だ。いや、どうせ彼女からするとこの行為に我慢を感じるような余地など皆無であろうから、私一人が何か目に見えぬ大きな力に抗い耐え忍んでいることになる訳で。全く、トトリはズルい。
 とまれ、いい出した手前というものがある。負けぬよう暫時をじっとトトリの瞳に置く私なのだが――やはり駄目だ。息が詰まる。いよいよを以て私は目を閉じ息を吐き茶を啜り、そうして開いた視線はほむボードの方に逃してしまう。今日は二人仲よくヴェルス山で素材の収集に勤しんでいるらしい。
「ふふ、ミミちゃんの負けー」
「ああもういいわよどうでも。全く、こんなのであんたに勝てる訳ないじゃないの」
「ミミちゃんにしては頑張った方だと思うけど、少し惜しかったね」
 何がどう惜しいのか。トトリのことだ、放っておけば飽きもせず夕刻まで私の顔を見詰めていたとて不思議はなく、残念ながら私にはそこまでタフなメンタルの持ち合わせなどあったものではない。
「でもなあ、久々なんだし、こうやって遊んでいるのもいいけどたまにはミミちゃんとお話がしたいな。普段はなかなか出来ないようなお話」
 切り替えも早く提案をして来るトトリなのだが、どうにも、これからお話をしますよと宣言をしていざ談話に興じるというのはどこかくすぐったいというか何というか、果たして私だけなのだろうか。世間一般的にはこんなノリが普通なのであって、あるいは彼女らがふんだんに蓄えている女子力というものが私には決定的に不足しているのかもしれない。
 他の女性陣の振る舞いを頭に浮かべながら、一先ず話題についてを問い質してみる私へと、
「うーんとね、じゃあさ。これからのお話をしたいな」
「これからの?」
「そ。これからの」
 ニコニコと頬笑みながらトトリは自分の分と、それから私の分とをカップに注ぎ足す。区切り目とは感じるものだが、どうしたのだろうか。何か難しい話でもするのだろうか。
 淹れる最中を無言にて通すトトリは、丁度中身が切れる塩梅を見通していたのだろう。私のカップの中身が適量になるのに合わせてポットの中身も尽きる。出来たてではないものだが、ゴールデンドロップを私へと配分してくれる辺りが実に彼女らしく、私は感謝を以て戴くこととする。
「ね、ミミちゃんってさ、これからどうするつもりでいる?」
「これからどうするってまた、随分と漠然とした話ね。今日は特段に予定が入っていないから、少しゆっくりとしたら宿に帰って寝るくらいしかないけれども」
「ああ、そうじゃなくてね」
 ごめんね? と小首を傾げながらパイを一口サイズに千切り、一頻りもぐもぐとやったあとにトトリは続ける。
「今日とか明日のこれからをどうするっていうのも勿論大事だけどね、私がいいたかったのはもっとこう先のことっていうか。例えばミミちゃんはずっとここ……アールズにいるつもりなのかなって」
 ここに至りようやくトトリの意図するところを察する私である。確かに、この話題は彼女にしても私にしても大切なことであり、そして、私としては他者を交えてはやりたくない類のものだ。例え相席するのがメルル姫だとしてもやり辛いものがあるだろう。
「正直、その手のことはここ最近あまり考えていなかったわね。メルル姫ってば、やっぱりトトリと私のことがお気に入りなのかしら。あっちこっち引っ張りだこにするものだからそれどころじゃなかったものね」
「はは、あるある。メルルちゃんってば、ミミちゃんのこと大好きだもんね」
「何いってんのよ」
 一頻り笑いを誘ってから、まとまりはないとはいえ思うところはある。開かせてもらうこととする。
「実際、今の生活をすぐにでも大きく変えようと思ったことはここ最近なかったわね。思った以上にアールズの居心地がいいのかしら。食べものは美味しいし、メルル姫のお陰で市場も栄えて買い物には不便をしないし、お仕事もあるし。知ってる顔も何だかんだでこっちに集まって来てるしね」
「確かにねえ。最初はほんとに大変だったけど、メルルちゃんが頑張ってくれたお陰でアーランドに負けないくらいにまでなったもんね」
 これに関しては認めない訳にはいかないだろう。メルル姫の頑張りたるや一時期のトトリに匹敵するものであり、あるいは確固たる目的を持つからこそ彼女ら錬金術士は皆一流への階段を駆け上がることが出来るのかもしれない。
「何かしらの変化が必要だとは思っているのだけれども、急いで考えなくちゃいけない、という程ではないって感じかしら。何をどうするのがいいのか自分でもまだ分かっていないのよ」
「なるほどなあ」
 申し合わせたように二人で茶を啜り。それにしてもどうしたのだろうか。どうにも煮え切らず、こんなにもいい難そうにしているトトリも珍しい。
「で?」
「え?」
「どうしたのよ? 分かるわよ。遠慮なんてしなくていいから、何かいいたいことがあるならはっきりといいなさい」
 私がこういういい回しをする時は得てして言葉尻がきつくなりがちなのだ。口調が丸くなるように、トトリが喋りやすいようにと雰囲気を整えるようにしながら伝えることを念頭に置く。
 果たして私の意気は――全部が全部とまではいわないが、ある程度が通じてくれたようで、小さく感嘆の息を漏らしては目尻を下げる彼女の面が成果を私へと伝えてくれる。
「えへへ……だからミミちゃんのこと好きなんだあ」
 小っ恥ずかしい私は脇目を振りながら茶をしばくことしか敵わない。トトリはいつだってこうだ。こちらの方がほんの少しだけ年上であるというのに、私が斯様に振る舞うことを決して許さないのだ。
「うんとね。ミミちゃんと一緒。今すぐにどうこうするっていう訳じゃないんだけどね、メルルちゃんが火山に取り掛かるようになって、そのお手伝いをしている時からずーっと考えてたんだ」
 ともあれ、切り出すトトリの視線は真剣そのものなのであって、私にしても肝心を悟る。私は彼女の一挙手一投足に注目するようにし、
「旅にね、出ない?」
「ん……」
「ミミちゃんとね、昔みたいにまたさ、冒険をしてみたいんだ」
 息を呑んだ。
 身を乗り出してはっきりと宣言をする彼女は姿勢もそのままに、決して引く様子も見せずに私の返答を待つようにしている。
「あ、その……」
 まさに眼前へと迫った彼女に対して私の態度を定めようとするものだが、いかんせん突き付けられた一手は実に重い。受け止めただけの私であるというのに血の巡りが一瞬で加速を遂げては発熱と発汗を覚え、すっかりと興奮をしてしまう。
「うん」
 陸に打ち上げられた魚を演じている私をトトリは慣れたものだといわんばかりの余裕でして受け止める。その態度が一々気に喰わないものなのだが、だからといって能動的なアクションを採ることも容易には叶わない。私の頭はすっかりと日和ってしまっているのだ。
「誰を連れていくの? 急にそんな、他の人にしても準備とかがあるかもしれないわ」
「私とミミちゃんだけでいくんだよ」
 猶予を頂こうと思って放った間合いもトトリは許してくれず、その視線はより一層に私へと詰めるようにし。ああ、もう分かっている。
 私は大きく息を吐く。
「出たいとか、いきたいとかじゃなくて、トトリは私に一緒に来いって、そういいたい訳なのね?」
 どうにもまどろっこしいのはいけない。私が応としても否としても、トトリはいずれにせよ私を連行するに決まっているのだ。それこそ本気で私が嫌がりでもしない限り、だ。それが意味するところなんてものは一つしかない。
「うん。ミミちゃんが一緒だと私もすごく嬉しい」
 ニコリと面に天使を浮かべながら返して寄越すトトリはいつもの如くブレがない。ここに至り、私に決定権などという上等な権利が存在しないことを理解するのだ。
「全く、いっつもこうなんだから。私の都合なんてお構いなしにあっちにいったりこっちに来たり。たまにはあんたも引っ張られてばかりのこっちの身にもなればいいのよ」
 口では難癖を付けつつも、他方では心を踊らせている私がいる。全く以てどうしようもない性である。
「一つだけ約束なさい。そうすればトトリのいうように、いいようにしてあげる」
「うん。ミミちゃんのいうことだったら、何でも聞くよ」
「へえ、例えば一人だけでいけっていっても?」
「ミミちゃん、それはイジワルだよ……」
「冗談よ、冗談」
 むう、と頬を膨らませるその仕草一つとっても一々可愛らしく、そもそも私がトトリを置いていくだなんてこと、それこそがあり得ないのだ。
 私は勿体振って紅茶を一つ口に含み、彼女が焦れている様をお茶請けとしながらゆっくりと味わう。どうしてか心地がよく、些細なことではあるが私にしてもたまにはこうやってトトリを振り回してやらなくてはならない。何といったって私の方が少しだけお姉さんなのだから。
 とまれ、やり過ぎても可哀想だ。飲み込み一息を置いては、切り出すこととする。
「本当に、私とトトリの、その……二人だけでいきましょう。さっきのが本気かどうか分からなかったけど、他の誰を呼んでもダメ。例えそれがメルル姫だとしてもよ。私たちだけの、二人だけの旅にするっていう、この一点についてだけは約束しなさい。そうしたらあとは全部あんたの好きなようにしていいから」
「え、それだけでいいの?」
「それだけでいいのよ」
「ミミちゃんは、私と二人きりじゃないと嫌なの?」
「ぐっ……」
 持ち上げていたカップを思わず下ろす。可愛げという名の皮の一枚下にはトトリ的嗜虐心が見え隠れし、まるで先の仕返しとでもいわんばかりである。
 勢い付いた手前どうにもこのまま引き下がるのも癪であり、メルル姫にしても今は席を外している。扉を閉め切ったアトリエは確とした密室なのであって、私が何をしようが外からは様子を窺うことが出来ないだろう。いい機会だ。私の態度をはっきりさせておかなくてはならない。
「そうよ。こんなところ、誰かに見られたら困るからね」
 勢いもそのままにトトリの顎を取り、至近でじっと見詰めるようにする私なのだが――私なのだが、ああ、ダメだ。ここから派生するであろう様々な状況を頭に思い描いては、その一切を実行に移すための度胸がなく、この間合いをキープすることだけで精一杯となってしまう。
 いくのだ、さあいくのだと思いながらも二進も三進もいかず、これではいけない。全く格好がつかないものだが仕様がない。こうやって見詰め合っているだけでも私の心臓は継続的な負担を覚えて止まず、このままでは暑さと息苦しさでどうにかなってしまいそうなのだ。いや、あるいは既にどうにかなってしまっているのかもしれない。
 とにかく逃れよう。至っては彼女の瞳から目を逸らし、腕を下げようとした刹那だった。
 不意に、トトリの顎に添えていた手を逆に取られ、彼女の側へと引かれ。
 他方の手は私の腋の下を通して後頭部をしっかりと固める。
 何がどうなっているのかと混乱を気取る頭は、しかしその実、現実というやつをしっかりと認識しているのである。非力な彼女に対して抵抗する術など無数にあるものの、私は私の思考を自主的に麻痺させ、トトリにやられているのだという甘い諦観と受動とに酔っては止まない。
 先については述べるまでもない。そういえばトトリとは十年来の付き合いとなるが、こんなにもお互いを近くすることだなんて今回が初めてで、だというのに何ら違和感を覚えることもない。あるいは私の中ではこの間合いこそが自然なのであって、彼女に出会ってからこっち、ようやく果たされるといった類の心地であるのかもしれない。まるでこの身がふわふわと宙に浮かんでいるかのような心象さえする。
「えへへ……」
 トトリにしても私にしてもご機嫌を伺うような真似はせず、何せそんな嬉しそうな顔をされては不味いことなどなかったということは明白なのであって、おそらく私にしても今の彼女のように、あるいはそれ以上に蕩け切った顔をしているに違いない。
「最初から二人でいこうっていってるのに、ミミちゃんってば心配性なんだから」
 そうしてしなだれ掛かって来る。彼女の頭頂から立ち上る甘い香りが私の鼻先すぐそこに突き付けられるものだから、どうにもくらりとしてしまう。
「悪かったわね。不安で仕方がないのよ」
 今ならば何をしようが大概のことが許される気がし、また、このような機会でもなければ私の主体性が発揮される機会などそうそうないことであろう。いっそのことだと、前に出ることと決めるが、
「だからもっと、ちゃんと私に構いなさいよ」
 そう、いい終えてから心中でがくりとする私は、どうしていつもつっけんどんないい回しをしてしまうのだろうか。こういう時くらいはもっと、気の利いた言葉の一つでも投げてやるものではなかろうか。自分事ながらどうにも損な振る舞いをしてしまっていると感じる。
「うん、分かった。じゃあこれから暫くはさ、二人でいよ? どこにいくにも何をするにもずっと一緒でさ。ミミちゃんと一緒ならきっと楽しいと思うんだあ」
 人が己の至らずを省みている最中だというのに、トトリにしては私の天邪鬼など今更のことなのだろう。言葉の裏を完全に把握したかのような態度には全く頭が上がらない。
 そうして暫時、私とトトリは何をいうでもなく、何を語る必要があるでもなく、メルル姫のアトリエにて静寂に服する。
 カップの中のお茶はすっかりと冷め切ってしまったかもしれないが、あるいは他方に熱を取られてしまったのかもしれない。傍らにトトリの存在を覚えながら、私はすっかりと気を楽にすることと決めた。


 妙にハイテンションなロロナさんを連れたメルル姫が一時帰宅を果たしたのは夕餉時であった。曰く、
「メルルちゃんね、こーむっていうお仕事をね、すっごいたくさんすっぽかしちゃったんだって。もうね、すごいの! 机の上に書類がこーんなにたくさん!」
「あああ、ロロナちゃんロロナちゃん可愛いねえ! お姉さんがアメちゃんあげるからねー、少しだけしーしていましょうねー」
「わぁい、アメちゃん! メルルちゃんありがとう!」
 咄嗟に口止めを目論むメルル姫であったのだが、ロロナさんの口を塞ぐにしては些かタイミングの遅かった感が否めない。次第は十分という程に伝わった私たちは苦笑にて彼女らを迎えることしか出来ない。
 とまれ、今日は夜通しでの作業となる見通しであること、また、ロロナさんが聞かないものだからと彼女が寝付くまでを共に過ごす旨を私たちに伝えに来たとのことだった。
「ご飯だけ食べに来た感じになっちゃってすいません。明日まで不在にするので先生もミミさんも、必要でしたらソファとかベッドとかは好きに使っちゃって下さい。朝までには何とか戻ろうと思いますので」
 そうして言伝を残しては嵐のようにとんぼ返りを果たして今に至る。私たちにしては既に食器やら何やらも片付け終え、メルル姫のような残務もない。寝るには少し早い時間ではあるがいい塩梅の夜帯となっていた。
「ミミちゃんはどうするの?」
 ベッドのシーツを直しながら、どうやらトトリは上で寝るらしい。私は私で自身の寝床を用意しているものだが、こんな機会はなかなかないように思う。どうしたものかと答えに窮していたらば、上から声が掛けられる。
「用事がないんだったら泊まっていっちゃいなよ。メルルちゃんも使っていいっていってたし、割りとほら、錬金術で掛り切りになる時とかもこんな感じだったからさ。遠慮はしなくてもいいと思うよ」
 そこまでいってもらえたら、何分知らない仲という訳ではないのだ。確かに私たちの間で過度の遠慮というものは無用であると感じる。
「じゃあ……折角だからお邪魔させてもらうわ。私はソファを使わせてもらうわね」
「え、ベッドでいいのに。一緒に寝ようよ」
 馬鹿なこといって手招きをするトトリは、私たちがそうしている時に万一メルル姫が帰宅したらどうするというのだ。こればかりは承知しかねるものだろう。
 上から覗いて来るトトリへ意に添えられない旨を端的に述べて私は私でソファに寝床を作り始め、ぶうたれる彼女を窘めている内にもやがて作業が終了し、不満気なトトリにお願いしてはアトリエの灯りを落としてもらう。
 夜に鳴く鳥は何という名だったか。昼間の彼らとは違うどこか野太い音色が遠くから控え目に届けられては、アールズの夜を実に夜たらしく施す。障りを感じぬ、いい夜分であると感じる。
「ね、ミミちゃん」
 すぐには眠れないのであろう。上から降って来る声へと返事をする。
「お昼のさ、あれって本当にいいの?」
 どこか眠気を孕んだぼんやりとした言葉端ではあるが、思うと委細を全く決めていなかったのである。確かに私たちがその気であるというのならば、メルル姫がいない本日中に方針を打ち出しておかなくてはならないだろう。
「少なくとも私はそのつもりだったわよ。あんたは冗談だったのかしら?」
「まさかそんなこと! 私だってもうすっかりその気なんだから!」
 少し意地悪に返す私へと焦って寄越すトトリと来たら。くっくと忍び笑いを漏らしながら、不満気な彼女の継ぎを待つ。
「もお。とにかくさ、明日出発しようだとかそういうのは無理だと思うんだ。メルルちゃんにも説明しないといけないし、ルーフェスさんとか他の人にもそうだよね。私たちの準備もあるし」
「それは構わないわよ。すぐに出られるとは思っていなかったけれども……でもそうね、なるべくなら心残りが出来ちゃう前に出たいわね。空けるつもりでいながら引き延ばすのも何だか具合が悪いわ」
「ふふ、ミミちゃんらしいや。うん、オッケー。私もメルルちゃんに伝えなきゃいけないことが結構あるしね」
 寝返りを打ちでもしたのだろうか。木板一枚を挟んだ上のベッドから衣擦れの音が立ち上がっては、視覚が真っ暗闇に近いということもある。想像力だけが活発に働いて、どうにも緊張を覚えていけない。
「私たちはもう、大分をやれるところまでやったと思うんだ。メルルちゃんには私たちのして来たこと、感じて来たことを無理のない範囲で伝えていきたいな。私たちもまだまだ前に進むことが出来るけど、メルルちゃんと、それとアールズはそれよりももっと大きな歩幅で歩いていけると思う。私はメルルちゃんの先生だから、それを応援してあげたいな」
 私が得体の知れない感情へと煩悶している内にも不意打ち気味なタイミングで開陳を行うトトリであって、自身の若さに若干の羞恥を覚えつつも、しかしその点については思うところがある。気付けば間髪を容れずに口を開いていた。
「あんたがいう程に私……いえ、私たちは枯れ果てているつもりはないわよ? まあ、私もメルル姫のことは好きだし、あの子のために何かをしてあげるというのには賛成だけれども、それだけのためにあんたを落ち着かせちゃうだなんてこと、私が許さないんだから」
 全く以て夜の勢いである。何をいっているのかを考えてはいけない。私は思ったことに制止を掛けずにそのまま口を動かすのだ。
「私たちにしてもこれからよ。メルル姫に負けないくらいに色んなものを見て、学んで、悩んで、楽しんで。そうしてトトリと……あんたと、一緒にいるんだから。覚悟しなさいよね」
 どうにもいき過ぎたことを口走ってしまった気がするのだが、この際捨て置くこととする。私は寝て忘れるのだ。
「ね、ねぇ、ミミちゃん」
 珍しく緊張、あるいは興奮したような声色にて返すトトリの声に思わず当てられそうになるものだが、
「やっぱりさ、一緒に寝ようよ」
「寝ないつってんでしょ!」
 私は鉄の意志でこれを退けるのだ。それはそうだ。ここはメルル姫のアトリエなのだ。私たちは彼女の先達たらしく、弁えなくてはならない。
 もう眠ることとする。きっと朝になると万事がさっぱりとしている。難しいことはそれから考えることとしよう。おやすみなさい。


***


「ただいま帰りましたー。トトリ先生もミミさんもおつかれさまでっ……す」
「メルルちゃん、どうしたの?」
「ロロナちゃん、しー」
「しー?」
 紫の空の下をロロナちゃんと上機嫌に歩いて来たものだけれども、その果てにまさかこのような形勢が広がっていようとは思いもよらなかった私であって、いやはや参った。あとでミミさんに怒られやしないだろうか。
「んー? あ、なるほど……」
 ロロナちゃんにしても私のいわんとするところを察してくれたらしい。神妙な様子にて、物音を立てないようにと身の振り方に気を払ってくれている。
「静かにね。ベッドの方にいこうね」
「うん」
 そもそもこの場と立ち去るという選択肢もあったものだけれども、生憎と他所を頼るにはまだ早過ぎる時間帯であるし、お昼寝やら仮眠をたっぷりと取っていたロロナちゃんと違って私は貫徹なのである。流石にお城までとんぼ返りをする程の元気は残っていなかった。
 抜き足差し足を気取りながら慎重に体重を移動し、どうにか先生たちを起こすようなこともなかったようだ。私とロロナちゃんは無事、ベッドまで辿り着く。
 靴を脱ぎ、服を緩めて楽にしては上掛けを捲り、ロロナちゃんを先に入れてあげるようにする。彼女が収まると、私も静寂を心掛けてあとに続く。
「二人が起きるまでは私たちも寝てようね」
「ん。えへへ」
「ん……?」
 幼いロロナちゃんはたまにこうして達観したような、大人びた表情を見せることがある。仕方がないといった具合に微苦笑するその様子にどきりとした私が次の言葉を待っていると、
「トトリちゃんとミミちゃんって、ほんとに仲よしさんだね」
 斯様に述べるロロナちゃんなのだが、果たして額面通りに受け取っていいものだろうか。含蓄があり、断じ辛い。
「ミミさんの前ではいっちゃダメだよ? 照れ屋さんなんだからね」
 故に、私はズルく掛かる。大人の返しでして凌いでは、何分、眠くもあったのだ。ロロナちゃんを寝かしつけては私も続くようにする。
 朝に鳴く鳥は何という名だったか。爽やかな彼らの呼び声に逆らうようにして、私の意識は安寧と共に次第に宙へと散ってゆく。
 ちょっとだけ。仲睦まじい先生とミミさんが起きて来るであろうその時まで、ほんのちょっとだけ。
 おやすみなさい。



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