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2013.06.27 (Thu)

『Laplace』 Part.1 -Past Days- 文章サンプル3

『Laplace』 Part.1 -Past Days-の文章サンプルその3になります。
週末更新がベースなんですけど、明日はちょっとアトリエの新作やりたいので早め更新にてよろしくお願いします 照

【More・・・】




 時間というものは定量的なもので、私のような寝たきりにしても、いつも忙しそうにしている病院の先生にしても平等に与えられているらしいのですが、果たして世の定理といわれているそれは私の認識とは少し違っているものでした。
 確かに、私の部屋で刻まれている秒針と、先生の執務室で刻まれる針に違いはないのでしょう。それを考えると私は何を馬鹿なことを考えていると思わざるを得ないのですが、何というのでしょうか、感覚的、体感的なところが違うのかもしれません。
 私には、こうやって日がな一日何をすることもなく横になって過ごす私と、常にやるべきことに追われている先生では感じる時の流れというものに絶対的な差があると思って止まないのです。
 有り体にいうと、私は無意識の内に自らの時間を希釈し、そうやって本来あるべき尺度を薄く引き伸ばした上でその筋を一々片っ端から追っていくものですから、一日一日が大変長いものであると感じられるのです。
 例えば先生が、「今週もあっという間に終わっちゃったねえ、ほむらちゃんは大事なかったかい」と他愛のない世間話を振って来たとして、私という主観からするとまず一日という単位が非常に長く、それを七日間も積み重ねた挙句、果てにはそれが来週という単位でまた訪れ、週を重ねて月が、月を重ねて年が積み上げられていくのです。
 このスケールはとても圧倒的なものに感じられ、たかが一週間という長さにさえ気圧されているような私にしては、それを当たり前として何不自由なくこなしている先生方や他の人々が何か大きな存在のように思えて仕方がありませんでした。
 この冗長な時間がせめて私にとって自信を持って幸福であるといえるようなものであったならよかったのでしょうが、現実はそんなに甘いものではなく、そもそも幸福であるとか楽しい時間というものは密度が濃く、一瞬で流れゆくものです。
 どうして人間の感性というものはこれを逆に感じるように出来ていないのか、私としては少し気になるところではありました。嫌なことやつまらないことは早く過ぎ去り、楽しいことが末長く続いてくれればそれはきっと誰にとっても幸福なことであると思うのですが。
 ああでもない、こうでもないと、やることがないとどうにも余計なことを考えてしまうようです。私がそうして時の在り方について果てなく悶々としていると、やがて母が見舞いに来てくれました。
「具合は大丈夫?」
 母の問に対して問題ない旨を返すと、今日は週末であるため父も仕事が終わり次第こちらに向かう予定であることを教えてくれました。
「パパとママは、お仕事は大丈夫なの?」
「大丈夫。ほむらちゃんのためになら忙しくても何でも来るわよ。ママも、勿論パパもね」
 穏やかに返しながら、母はサイドテーブルの上に置かれている林檎の皮を剥き始めます。その光景をどこか充足感を伴って眺める私は、子供心ながら、そうやってずるい質問をしては父や母の愛情を確かめずにはいられなかったのだと思います。虚弱な私にとって、それ程に父と母の存在というものは大きかったのです。
「はい、ほむらちゃん。自分で食べられる?」
「うん」
 やがて一口大のサイズに切り分けられた身を盛り付け、整然と配置された皿を寄越してくれる母は、こうやって少しでも私に手を使わせたり、無理のない範囲で身体を動かせるようにすることをサポートしてくれます。主治医にいわれていることもあり、この意図については流石に察しのつくところです。私としても母と会話し、手先を動かすことで日頃は使うことの敵わない神経を活発化させることを積極的に試みるのです。
「次はいつお外に出られるのかなあ」
 日々の生活の大部分をベッドで過ごす私ですが、継続して何日かの好調が続いた際には束の間の――大抵は週末の――退院が許可され、両親と自宅で自由に過ごしたりすることが出来ます。
 先生曰く、本来ははしゃぎ盛りであるはずの年頃の私が日々ベッドで横になっているだけというのもあまりよくないことらしく、外の環境に慣れるための練習という意味も込めてあるとのことでした。
 動き回るのもダメ、大人しくしているのもダメと、ただ生きていくだけというのも随分と大変なことなんだなあと世の無常について感じ入りながら、それでもこの際、私にとって理由付けなんていうものは割とどうでもいいことなのでした。
 この鳥籠の中から一時でも外に出られるという行事それ自体が純粋に嬉しいことだったのですから。
「そうねえ。最近は調子がいいみたいだけど、前に出た時は結構具合を悪くして帰って来ちゃったからね。先生も慎重になっているのかもしれないわね」
「こんなに元気なのに……」
「ほむらちゃんが大丈夫でもお天気が悪かったりしたら都合が悪いからね。先生もその辺はしっかり考えてくださっているんだから、気長に待つことにしましょうね」
「はあい」
 私は少し不貞腐れたように返事をしながら林檎を一欠片頬張り、ゆっくりと咀嚼します。
 急いては最終的に苦しむのが私なのであって、そうならないように両親も先生も配慮をしてくれていることについては重々承知しているのですが、気持ちの方はそう簡単に割り切れないものがあるのでしょう。
 先の、時間感覚のようなものです。この部屋の外側で過ごしている両親や先生にとっては一週間の見送りなど些細なものであるのかもしれませんが、私にとってのそれは一生に等しい、というと少しいい過ぎの感がありますが、とにかく死活問題といっても差し支えのない程の重さであるのです。だからこそ、無念も一入でした。
 ともあれ今週末の退院許可が下りるのであれば、今日は既に前日であるのです。今の時点で先生からのお話がないということは母のいうことが尤もなのであって、私としても切り替えるべきなのでしょう。
 せめて次回の帰宅が少しでも充実したものになるように、帰ったら何を食べたいとか、こんな遊びをしてみたいとか、少し公園やお外にでも出てみたいとか、そういう他愛のないお喋りをして気を紛らわせることとします。
 暫くそうして母と戯れていたら、ノックと共に病室のドアが開き、父が現れました。
 仕事帰りらしく、少しぼさぼさになった髪を手櫛で整えながらベッド際までやって来ます。
「やあ、随分楽しそうにお話をしていたね。ほむらが元気そうで何よりだよ。パパのことも混ぜてくれないかな」
 細かいところまで気を利かせる母に対して、父は少しマイペースなところがあります。しっかりとしたつもりでいたのかもしれませんが、適当な調整で変にはねたままの髪を改めて母に直されては照れくさそうに私を見つめて来ます。
「パパったら、おかしいの」
「はは、そうかい。ほむらには敵わないなあ」
 やはり母に比べて父は仕事が忙しいのでしょう。それこそ私が本当に小さな頃は毎日のように通っていたものですが、最近は週末の夕方にのみ見舞いに来るというのが習慣となっており、今日にしてもその例に漏れません。
 その父は、一人だけ男の人であるものですから、私と母から仲間外れにされないようにと必死なのでしょうか。丁度話題となっていた私の一時帰宅についての予定を色々と提案し、話の流れにしがみつこうと健気に頑張っています。
「ほむらの調子がよければ、たまにはお外でピクニックとかもしてみたいね。勿論、ちゃんと先生のいうことを守ってからじゃないと駄目だけどね」
「うん。パパとママと一緒にいけるように頑張る」
「ほむらちゃんは頑張りやさんね。いい子にして、しっかりとお休みしてたらきっとすぐに出られるようになるわ」
 そのすぐというタイミングがなかなか訪れないであろうことはこれまでの経験から重々に理解してはいたのですが、それでも楽しみなものには違いありません。両親の期待に応えるため、何より私自身の幸福のためにも、きっと私は一生懸命に励まなくてはならないのでしょう。
 いくならあそこの公園がいいな、お弁当はタコさんのウインナーが入ったやつにしてね、とか、子供らしくささやかな望みを次々に提案していると、時間の方はあっという間に過ぎてしまいます。ああ、これが先生や両親をはじめとした私以外の人々が感じている尺度というやつなのかなと思うと、やはり平素の私はどこかみんなとは違う場所で、違う時間を過ごしているかのような、そんな心象をふと確認する次第と相成るのです。
「暁美さん、そろそろ一般の面会時間は終了となりますが、今日は泊まっていかれますか?」
「あなた、そろそろ」
「ん、そうだな。じゃあほむら、パパたちはそろそろ帰るけれども大丈夫かな?」
 開け放った扉越しに時間を確認する看護師、それに会釈を返す母、去り際にのみこうやって優しく私の手を包むように握ってくれる父――そう、これがいつもの光景です。
 夢のような時間はあっという間に終わりを告げ、私はまた長い時間を一人で戦っていかなくてはなりません。寂しくないといえば嘘になりますが、私を心配し、愛してくれる両親を安心させるためにも、私は強くあらなくてはならないのです。
「大丈夫。また来てね」
 その頬笑みは果たして上手く出来ていたようでした。父と母は安心した様子で病室を辞し、入れ替わりで入って来た看護師が体温、血圧、脈拍などを事務的に計測しながら話し掛けて来ます。
「早く外出許可が下りるといいね。しっかりと食べて、休んで、安静にしていればきっとすぐのことだよ」
 当たり障りのない話題に私も一定の距離感を置いた定型句でして返し、やがて味気のない夕食も終わると私の一日はそこまでです。
 天井に備えられた明かりを消灯し、代わりにベッド際のランプを点けます。真っ暗闇の中、薄ぼんやりとした調光が周囲の黒に対し、健気に白色の抵抗を試みるのです。
 こうして視覚によって得られる情報が減少すると改めて思うのですが、私が横になるこの部屋の空気は端から端までがとても清潔に保たれており、気温にもムラがなく、私一人のためにこんなにも徹底をしなくてもと恐縮をしてしまう程の環境です。
 然るべき空間を構築しなくては、私のような虚弱はまともに生活することすら叶わないであろうということを理解してはいるのですが、果たして私という個人はそうまでして生かす程の価値があるものなのか――ああ、いけません。こんな考え方をするのがよくないらしいのです。
 先生も両親も私自身が本気で元気になりたいと考えて努めることが、体質を改善するために何よりも大切なことであるといっています。病は気から、というやつなのでしょう。
 考えるだけで何でも治るのであればこんな苦労はしていないなと思いつつ、悪いことばかりを念じていては気が滅入ってしまって体調も崩れがちになるのが常です。
 ええ、きっと、そういうことなのですね。よくなるというよりは、悪くしないための予防線であるのでしょう。一体全体、主体的であるやら、そうでないやら。
 こういうはっきりと白黒の付かない問題というものはよくあります。自身の身体のことに関しては殊更そうです。きっと私のような無識が変に頭を悩ませても駄目な類の問題なのであって、幸いにも今は夜の帳が、心地のよい睡魔が私を包み込んで来るのです。
 寝るには少し早い時間であるとは思いますが、こんな精神状態であれこれと考えてしまってもそれは詮ないことでしょう。きっと朝になってみるとこの葛藤も陳腐化し、もっともっと建設的な発想をすることが出来るに違いありません。
 意識は、無理なく闇へと拡散していきます。まるでこの均一化された空気の中に私の自我までもが溶け出していくかのようでした。


(本文サンプル3 了)


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テーマ : 魔法少女まどか☆マギカ ジャンル : アニメ・コミック

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