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2010.09.28 (Tue)

Garden

兼ねてより予告していたGardenからの二次創作です。
キャラは瑠璃と絵里香となっております。
元ネタ(別窓で開きます。リンク先18禁注意)はCUFFSさんのところのエロゲですが、本作自体は全年齢向けで書いていきます。は、はい、多分そうなるはずです・・!

前編パートを更新しました。(10/10)

字数的には11000字強となっております。読書時間の参考に。
前編後編の2分割で終わらせたいと思っていたのですが、どうにも雲行きが怪しいです。以降も頑張って書いていこうと思っております。

後編パートを更新しました。(10/24)

字数的には前編までの11000に13000程盛って、全体的には24000字強のボリュームとなっております。読書時間の参考に。
後編パートで本作自体は完結させておりますが、お話自体は終わり切れませんでした。後日にPart.2を作成する予定であります。
『閑話休題』からが該当パートです。前編を既に読んでいてすっ飛ばしたい人はCtrl+Fに左のキーワードをご活用下さい。

では、続きからお楽しみください。

【More・・・】




 初めて訪れるに際し、彼の地に対して覚えた私の率直な所感。それは、「まるで監獄のようなところ」だった。

 最寄りの市街地からバスに乗り継ぐこと数十分。他に代替の利く現実的な交通手段はなく、代わり映えのない山道を蛇行しながらひた登るこの便も通学の時間帯こそ多少の増便が配慮されているものの――それも申し訳程度だろうけど――それ以外では二時間か三時間に一本というスパンでしか巡りがないらしい。往くも還るもままならないだなんて、それがまた私の心象へと拍車を掛けていた。
 目の利く限り左右を見渡し、周辺環境を鑑み、しかし需要と供給のバランスを考えるとそれも仕方のないことなのかと諦める他にないように思えてくる。そもそもが、この山を下るというそれ自体がここに住まう大半の人たちにとっては早々に起こり得ないイベントなのだろうから。私を含めてきっと段々とそういう風になっていくんだろうなと、人がいることによって起こるような属性の活気とはまるで無縁の景趣を眺めては漠然とした予感が胸に浮かんだ。
 どこか、時の流れが覚束ない。あっちこっちに視線と思考とを飛ばしつつ、ぼんやりとしながらバスから降りている内にもしっかりと私の足は歩を刻んでいたらしい。気付いた時には件の監獄がもう目前にまで迫っていた。
 寂寞感漂う周囲の大自然とは一線を画し、そこだけはまるで別の場所からスペースを切り取ってきたかのように文明的で、とびっきり新しく、広大で。だからこそだ。この世界との調和には著しく失敗していると感じる。
 秀英学園。
 何の因果か、あるいは運命か。ともあれ故あってこれから先の三年間、私はこの全寮制の学校で未だ見ぬ学友たちと寝食や勉学を共にすることとなっている。
 もっとこう、私としては私と同じような立場の新入生があっちかな、こっちかな、と地図やパンフレットなんかを手にしながら見慣れぬ施設を右往左往するような、そんな初々しい光景をお目に掛かれるものかと思っていたのだけれど、制度上の問題なのだろう。入学式前に各人が余裕を持って各々に割り当てられた部屋に収まるようにとの旨が綴られた案内が私にも届いており、それはやはり新入生である彼ら彼女らにおいても相違ないことと思われる。額面をそのまま受け取るのであれば、私以外にはおじいちゃんとおばあちゃんしか乗っていなかった車内も、門前から一直線に伸びる楓の並木道、その線上にやはり一切の人影が見当たらないことも至極納得のいくことだと思う。
 それ以上には特段の感慨を抱くことも非ず、私は躊躇なくその内側に足を踏み入れた。
 門横に配置されている守衛所で眠そうにしているおじさんに、案内と共に郵送されてきた学生証を示すと一瞥の後に立ち入りを許可される。おじさんは私に興味津々の様子だったけれども、ごめんなさい、私には何らそんな気なんてないんだ。
 振り切り前へと面を向け、そうしてから校舎の方へと足を運ぼうとしたところで横から一陣の巻き風が私の頬を凪いだ。

 ――いらっしゃい。

 煽られてはさわさわとその身を揺らす楓の木が、新たな囚徒となる私を歓迎、あるいは哀れんでいるのだろうか、控え目な合唱で以ていざこれから往かんとするその周囲を包み込む様に当てられて私は、ようやく何か実感のようなものが胸の内に一つ落ち込んできたような気がする。
 ああ、監獄だなんて言ってしまって、ごめんなさい。ここは、この場所は、もうちょっと違う。
 上手い喩えが出てこないのだけれども、そう、それでも敢えて言うのであれば。
 閉ざされた、庭。
 どうしてそう思うのだろうか。溢れんばかりの緑がそうさせるのだろうか。自分事ながら委細は私にも分からない。それでも胸の内から無意識に湧き上がってくる感情に――これは分かる、畏れというやつだ――私は神妙な心地で以て、左右から枝を伸ばす彼らゲートの下を潜ってゆくのだった。
 良く晴れた、それでも山中であるからだろう、春にしては肌寒い日和にて。
「これから三年間、よろしくお願いします」
 秀英学園の生徒としての私、姫宮瑠璃の日々がスタートした。


 常日頃から、周りの人と比べるとどうにも歩くのが遅いなあと自らを感じている私なのだけれども、それでも正門からはほんの二、三分の道のりだったと思う。小柄な私の背丈を悠に包み込む楓たちを追い抜いたその先には、いよいよ先進的な文明たちが泰然として待ち構えていた。
 暫時立ち止まり、ぐるりと周囲を見遣る。
 形だとか色だとか、そういうのがどこもかしこも真新しく見える本校校舎。真っ白い壁面に対して映える銅色はレンガ造りのプロムナード。私から向かって左手に広がる広大な敷地、グラウンド。それら一つ一つが緻密な計算の元に弾き出されては、的確な間合いで以て収まっていることが素人目にもよく分かる。無駄な斜線などなく、そのいずれもが綺麗な四角形、あるいは適当な楕円なんだ。
 この学校の生い立ちやらそういうものを全く勉強してこなかった私だが、おそらく出来立てに近いんだろう。手直しをする必要性など全く以て感じられないような、少なくとも先暫くはそうだと思う。見栄えのする施設たちが整然とした列を為してはそこへと存在していた。
 然して、だからこそ、なのだろうか。ここに到るまでの道程を鑑みた上で目の前の現実を図ると、籠の中の鳥、あるいは鎖で繋がれた犬たちにせめてもの優渥を示さんとする狡猾な大人たちの、そう。まるでそんな意図を感じてしまうのは私がどこか歪んでいるからなのだろうか。
 別段そんな裏を探りさえしなければ僥倖に溢れるこの目の前だというのに、素直にそれを受け取れない私は悪い子に育ってしまったんだなあとまるで他人事のように。一体全体、いつからこんなに陳ねてしまったのだろう。頭の中で一人展開されるその一連のやり取りがどうにもおかしくて、楽しくなってきてしまう。
 くすりと一つ、どうにも耐え切れなくなっては小さく息を漏らし。見ている人なんてどうせいやしないのだろうけれども、何ら材料のないこんなところだし、それがまた自虐となると更なるものだ。壁に耳あり障子に目ありと昔から言うもので、せめて顔には出さないように気をつけなくちゃならない。
 私は思考の余地に他し事を割り込ませては仕切り直しを掛けることとした。
 手の内には入学案内と共に届けられた敷地内の見取り図兼パンフレットが収まっており、すぐそこが校舎の正面玄関となっているここ現在地は、位置関係を改めるには最適なポイントだろう。半分に畳まれたA4サイズのカラーコピーを開き、散策だとかそういう気分でもなく一先ずはどこか腰の落ち着ける場所を定めたかった私は、当初の目的通りに生徒用の宿舎を目指すことにしようと決めた。
 しかし、実家からの行程を考えるとまさに大移動というやつだ。足だとか肩だとかが流石に疲労でくたびれてしまっている。殊更運動不足に関しては自慢にならない自信を保する私としては、ああ、しかし今すぐここで休みたい、ぐったりしたいなあ、すぐそこにある自販機で何か良い具合に甘そうな一本でも都合をつけては一服と洒落込もうかな。そうやって安直な刹那主義を採ろうと心が傾きかけたその矢先のことだった。
 不意に近くから大きな音が立ったものだからびくりと肩を震わせて驚いてしまう。何事かとそちらへと目を遣ると、あまり詳しくないものだからまともに名前も分からないのだけれども、如何にもそこら辺によくいる人畜無害な鳥然というシルエットをした、まさしく私の頭の中のイメージとぴったりくるような彼らが群れを為しては木々の隙間から飛び立っていく、その羽音だった。
 私の消沈を察しては気を入れ直せと奮っているのだろうか。そんなはずはないのだろうけれども、タイミングが良いものだから妙なるメッセージ性を感じてしまう。――がんばれ、あとすこしだよ――まるで彼らが激励をしてくれているような、ありもしないそんな声が聞こえてくるようで。何だろうか、こういうものは良い方向に取っておくに限ると思うんだ。
 そう思い至っては頭を巡らせて。左側がグラウンドだから、その反対側に構えている大きな建物がそうなんだろう。地図を見、実物を見、その大まかな位置関係と距離とを確認しては妥当の判断を下したところで私はバッグを背負い直す。大抵の荷物は既に宅急便で部屋へと送り届けられている手筈になっている。そのためこちらには財布やティッシュやハンカチ、その他小物ばかりが詰め込まれたそれだけのはずの中身なんだけれども、どうにも張り切っては入れすぎてしまったようだ。努めて無視を心掛けていたのだけど、ここに至っていよいよそれも効かないものとなってきた。自身の非力さ加減はこの華奢な身体と幾年も付き合ってきた私本人が痛い程に分かっているものだし、さあ、容量の割に重みを感じるこれを無理が来ない内にも早々と解放することにしよう。そうしたい。
 進路を反転、目指すは右手にそびえる学生寮だ。情けなくも引っ切りなしに休憩を提案してくる両足両肩に鞭を打って、私はレンガ造りの上に再び歩を突き出した。もうちょっとだけ頑張って、そうしたらうんと休むこととしよう。
 うっすらと汗が滲む額の先にインビジブルなニンジンをぶら下げて。気付くと円天の頂へと位置していた太陽は、その身を大分西側へと傾けていた。


 満身創痍とまではいかないが、学生寮へと到着した私の容態はそれに近い状態だと表しても何ら差し支えがなかった。
 今回のように荷物を持っての移動という活動に限定されたことではなく、継続性を伴う行為というのは万事そういうものなのだろうと思う。得てして何らかのパーツあるいは要件に対して、ささやかながらも疲弊感や不調を感じ取ったその瞬間には既に傾危が始まっているものだ。一流のスポーツマンだとかその筋のプロフェッショナルからすると、私が感じるような違和よりも更に繊細な部分から何らかの変調を感じ取っては、より巧緻かつ的確なパフォーマンス診断とそれに対する最適な処置を施すのだろうけれども。
 しかしそういう観点からすると歩くことくらいならば生まれてこの方十数年も行っているはずのプロフェッショナルであろう私なのだが、いかんせんそこに介在する意識というものが希薄なのだろうか。とてもではないが歩くだけという行為に対してそんな高度な判断は下せそうにないし、おそらくこの先も無理なことのように思う。だってほら、面倒じゃあないですか。それをやらなくては死んでしまうだとか決定的に具合が悪くなるとかいうのであれば私もこの案件を一考に処するのだろうけれども、幸か不幸か人生未だにそんなシビアな局面に遭遇したことはなく、そんな調子なものだからこの件に関する私の発展は今後も望めそうにない。仕方がない。これが現実、私の為人というやつなのだろう。
 溜め息を吐きながら首を傾げた際に、壁に掛けられた大きな丸時計が目に入る。入ってすぐのロビーに配されたソファーへぐったりと身を沈めながらそんなことをだらりだらりと考えている内にも着々と時間は経過し、そうしてこちら、私の身体の方もようやく落ち着きを取り戻してきたようだ。
 どれ程そうしていただろうか。いつの間にか上がっていた息も肌の表面に浮いていた汗雫もようやくその鳴りを潜め始め、そうして空いた余地で以て早速。完全に気が萎み切るその前に、私は校外の見取り図とは違うもう一枚の用紙を取り出す。
 先程までのものとは別に、こちらは私に割り当てられた部屋が記されている館内のものだ。今いるのが入ってすぐの大きな広場、ロビーとなっている。ここを境にして大雑把に仕分けるならば私から見て正面の右側が女子棟、左側が男子棟となっているようだった。
 良くある、間違いが起こらないようにとの配慮なのだろう。そうでなくとも毎日に刺激が少ないであろうこの環境下、年頃の生徒を預かる学園側としてもその辺のやり方については苦労しているに違いない。面倒のない、このやり方については私も賛成だ。
 強いて言うならばやっぱり角部屋がよかったものだけど、まあこんなに数が多くては早々上手くはいかないだろう。故意か偶然かなど知る由もないが、私には一階の真ん中辺りの一室が割り当てられたようで、勿論、寮なのだ。同室者の名も記載されている。
 鈴村あざみ。
 星野絵里香。
 名は体を表すとは言うものだけれども、紙面上に記されたそれだけでは流石に未だ見ぬ彼女らのシルエットなど取っ掛かりも掴めそうにない。何を根拠にと自分でも思うのだけれど、漠然と、鈴村あざみさんは元気で活発そうな、星野絵里香さんはどことなく物静かでお淑やかな子なのかなと、字の画とその読みの韻から勝手に想像を膨らませてみる私なのだがさて現実の彼女らは一体どういう人たちなのだろうか。
 一度気になりだしたら歯止めが効かなくなってきそうだがしかし、それら諸々に期待を膨らませるのは私の勝手としても、入学式までには未だ猶予がある。閑散としている園内の様子を見る限りはもしかしたらば私が一番乗りという可能性も否定出来ないだろう。
 仮に部屋の扉を開けた瞬間のその空虚を想像しては寂しいなあと思う反面、これからは同じ屋根の下どころか同じ部屋の中でおはようございます、おやすみなさいまでを彼女ら赤の他人と一緒することになるのだ。これは今までの私の人生経験では小学校の林間学校だとか、あるいは修学旅行くらいだろうか。ともかく一泊や二泊などその程度のもので、それくらいの些細な度合いであればいつもとはどこか違った、刺激的な非日常としてやっつけられたものだけれども、それも毎日となれば気が滅入ってきそうだなあというのもまた正直な所存で。
 しかしまあ、私事ながら一体どっちなのかと。我侭だというのは自覚しつつもそれでも本質的な部分を一考したらば、やはりこの慣れない環境下をいつまでも一人で佇んでいるというその点において、私はより耐え難い苦を感じるに違いない。
 今までは家の中のどこかにお父さんがいてお母さんがいて、そういうところに無意識ながら安心を感じていたんじゃないかと思う。炊事、洗濯、掃除、何気のない会話、見返りなく私を愛してくれる気の配りだとか、知らず内にも当たり前に提供されていたそういうものが一気に欠落するんだ。いきなりやれと言われても、いや流石に何もかもが全く出来ないということはないだろうけれども、それでも何かしらに不明点が出てくることは間違いがないだろう。そんな時に、鈴村あざみさんと星野絵里香さんは私に優しくしてくれるのだろうか? ああ、そんなことを考え出したら何か急に不安になってきた。果たして、私は上手くやっていけるのだろうか。
 着いて早々にホームシックのような感情に囚われそうな私だがしかしこれはいけない。出来るか出来ないかではなく、いずれにせよやらなくてはならないのだ。こんな気持ちになるのもおそらく最初の数日だけだろう。じきに慌しくスタートを切る高校生活の流れに飲まれては、きっと何時の間にかそういうことを考えている暇すらなくなるはずだ。その程度の気掛かりであると思うし、むしろそうでなくてはいけない。それが一番に違いない。
 結論してはさて、何時までもこんなところで鬱屈としてはいられない。いるかいないかも分からない同居人だが、やはり私と同じような悪循環に捕まっては部屋の隅の方で寂しそうにしているかもしれない。自分が優しくしてほしいのであればまずは相手にそうすることだ。第一印象というものはとても大事なものであって、これから先、決して短くはない時間を共に過ごすこととなる彼女らに対しては一層にそうであろうと思う。
 休みを与えたことで半端にだるくなってしまっている四肢に力を入れては立ち上がる。重いとのたまうにはやや軽く、軽いと言うには重すぎるバッグを背負い直して。そうしてから右だっけ左だっけ、既に頭の中から飛んでしまっている自室の位置を確認し直しては――うん、右だ――面を向けては右側の棟に足を向ける。
 ここまで色々と考えたんだから、私が一番最初じゃなくて彼女らのいずれかが先にいてくれれば嬉しいなあ。そんな淡い期待を胸に、これだけは唯一自信のある私の武器、笑顔の準備をしてはいよいよを以て出陣だ。いや、誰もいない公算が大かもしれないですけどね。いずれにせよ備えがあれば憂いもなくなるというもので、ともあれ今はそうするべきタイミングなのだ。面倒だとか何だとかそういうことを言っていられたものではないだろう。
 そうしてあれこれと他方を考えつつも気付いた時には、どうやらここがそうなんじゃないだろうか。扉の横に設置されている部屋番号と手元のメモに振られているそれとを確認し、左右の距離感覚を館内図のそれと照らし合わせて、間違いないだろう。いよいよだ。期待だとか不安だとかそんな感情が綯い交ぜになった何とも言えない心境で以て、軽く二度ノックをし。
「はーい、開いてますよ。どうぞ」
 どうやら、私のささやかな気構えは無駄にならずに済むようだった。


 失礼します、と控え目に添えつつも扉を押し開くと、よくある、玄関からは細く短めの廊下を通しての大部屋という形ではなく、とば口が既に室内の一部に組み込まれているような、そんな形の間取りになっていた。思った以上、あっという間に開けた視界の左右にはそれぞれロフトベッドが二つと一つ、これは三人用の部屋であるからだろう。更にその下のスペースには木製の頑丈そうな勉強机が納められていて、やはり学生の寮なのだなあと。これら配置には実に機能的な印象を受ける。
 果たして、今し方私のノックへと応じた彼女はその内の右奥に配置されている椅子の上にいた。差し込む光も西陽がちになってはやや薄暗さを感じる室内で、それはとても余裕な様子でどっかりと腰掛けているものだから、もしかしたら彼女が鈴村あざみさんなのだろうか。あるいはまだこの学校の習わしのようなものが分からないものだから、先輩なのかもしれない。ともあれこの地に訪れてからの熟達というものが圧倒的に足りていない私は失礼があってはいけない、他所行き用のお面を被って臨むこととする。
「はじめまして。今日からこの部屋でお世話になります、新入生の姫宮瑠璃です」
 靴は脱がずにそのままで。実質的に今現在この部屋を支配しているのは彼女なのであって、それに対する新入りの私なのだ。余念なきよう。
 加えるならば、流石に新入生が入ってくるという話は通っているだろう。十分に確認はしたけれども、もしかしたら私自身が入る部屋を間違えているという可能性も捨て切れず、そうだとしたなら上がってしまってから引き戻すのは何とも言い難い気まずい空間を作り出してしまいそうだ。私ならやりかねない。いずれにせよこの場で伺いを立てることが最も間違いのない、無難な選択であるだろうと思う。
 然して、どうやらここで正しかったようだ。「ああ、」と一つ合点のいったような様子で手打ちをして、彼女は椅子から立ち上がる。
「あなたが姫宮瑠璃さんかあ。綺麗な名前だからどんなお姫様が来るものかと思っていたけど、いやいや、これは予想以上の、うん……あ、ごめんね、気が付かなくて! そんなところにいないで、どうぞ上がって上がって」
 忙しなく立ち寄りながら手招きをする彼女に、今度こそ遠慮なく上がらせてもらうこととする。おっかない人だったらどうしようと思っていたものだけれども、どうやらその心配はなさそうだ。張っていた気をいささか緩める。
 脱ぐのも履くのも面倒なハイカットブーツをやはり苦労をしながら解きつつ、しかしまあ彼女に関しては今の一幕についてのみの材料しかない訳だけれども、どこかネコ科のそれを思わせるような可愛らしくも活発な様相にまさにぴったりと来るような、気性の方もそんな塩梅をしているようだ。
 立ち居振る舞いといい、声質といい、ともすればちょっと嫌味たらしく聞こえそうな先の発言も彼女が言うのであれば裏も表もない、そのままのものなんだなあと特段の弁解を頂かずとも腑に落ちてくる。おそらくと言えどもほぼ確信的に、彼女にはそんなつもりはなく、したらば私もその尺に合わせて応じていくべきなのだろう。この先もそのような間合いで臨むことが私も彼女も気持ち良くお互いを尊重し合える、そういういい具合の遣り様なのかなと方針を立ててみるけれども、さて。
「ご覧の通り、ここは三人部屋でね。姫宮さんが来たからあとは鈴村あざみさんが来れば全員揃うことになるんだけど、まあ私も大概早く来ちゃったもんだけど姫宮さんもそうだよね。誰がどことか決まってないから一番奥は私が貰っちゃったけど、空いてる机とベッド、好きな方を選んでね。あ、ていうか、私ったら」
 やはり見た目に違わず随分と元気で、口も回るらしい。利発的なイメージも受けるし、どうにも宙にぷらぷら浮いているようなこんな私からするとまるで正反対だな、とおかしくなってしまう。
 さておき。彼女もそれに気付いたのだろう、鈴村あざみさんが来たら、となると。
「何か、順番が逆になっちゃってごめんね。自己紹介」
 セーターの裾をふわりとなびかせて半回転をした彼女は、そうするとやはり本当に猫か何かのようだ。愛らしい犬歯を覗かせながらにこりと微笑んで。
「同じく新入生で、同室の星野絵里香です。よろしくお願いします。姫宮瑠璃さん」
 そうして右手を差し出してくる彼女、私の予想とは逆だった星野絵里香さんに右手を差し出して応じる。
「こちらこそ。よろしくお願いします、星野絵里香さん」
 私に出来る最大限の配慮で以ては失礼のないように。そうして一先ずは安心かと思っていたのだけれども、しかしどうにも難しい顔で頭を捻る彼女はこのやり取りがお気に召さないらしく。な、何だろう、何がダメなのだろうか。もしかして私の手が泥で汚れているだとかあるいは汗でベタベタしているだとか、そういうのだろうか。軽く右手を摩擦しその感触を確かめてみるがしかし大丈夫そうだ。
 他に何が材料足り得るのだろうかと考えてみて、ああ、もしかして私は汗くさいのだろうか。長旅というには些か憚られるものがあるが、それでも私にしたら十分な道程だった。持ってきた荷物も存外に重いものであったし、こちらの可能性は否定出来ないなあ不味いなあと悶々としている内にも右に左にと頭を傾げてはどこか難しい顔をしていた星野さんがこちらを見、雰囲気を改めるその様からさて何を注文されるものだろうか。心中で先に詫びを入れておく私の意に反してしかし、
「ね、絵里香さん、って。そのさんっていうの止めない? 初対面で何か図々しい気もするけど、だからこそかな。ほら、私ってこういうやつじゃないですか、って、まだよく分からないか。こういうやつなんです。姫宮さんはこういうの苦手かもしれないけどね。運が悪くも私のような図々しいやつと同室になっちゃって、その厚かましい同居人はどうにもさん付けとかそういうのって苦手らしいんですよ。こういうのって最初に始めちゃうとどうにも後から変え難いしさ。姫宮さんがどうしても嫌じゃなければ、出来れば呼び捨てで呼んでほしいかなあ……なんて思うんですけどどうでしょうか」
 「ああ、でも何か、私が既に姫宮さんか」とか、勢い良く切り出す割には最後の方はどうにも照れくさそうに頬を掻きながら言う彼女は、私があまりにも真っ直ぐに見ているからそういうところからなのだろうか。何か、ちょっと可愛いじゃないですか。
 今日日、本人が思っている以上に気の遣えない、横暴だったり横柄だったりする人が溢れ返る世の中で、例に漏れずそんな人たちを余る程に見てきた私からすると確かに彼女の勢いとかそういうものは珍しいものだけれども、きっとこの人は、星野絵里香さんはとても他人の感情というやつに敏感で、むしろ過敏と言える程なんじゃないだろうか。
 これは完全に私の勘に過ぎないのであって根拠だとかそういうものとは全くの無縁の話となってしまうのだけれども、いずれにせよ今の一節、そこに在る客観的事実から割り出される彼女の振る舞いだけを冷静に鑑みるならば、不器用とはいえ彼女のバランスの良さ、その片鱗については伺うことが出来る。だとしたらこれはもう、私に否やはない。彼女の求めに対して欲しいものを気持ち良く提供する、そこに関しての躊躇など必要ないだろう。
「うん。じゃあ、その……え、絵里香?」
 とは言ったものの、絵里香というどこか気品に満ちる名前をいきなり呼び捨てというのはなかなかに体力の要る仕事らしい。それにほら、どうにも雰囲気的に彼女の方がお姉さん然としているというか、スラスラと喋って私をリードしてくれるものだから正直なところその点に関しては気後れがある。予想以上にその『エリカ』の三音の発言に違和感がある私は、改めてチャンレンジしてみるのだけれども、
「うーん……ほ、星野…………さん?」
 どうにも上手い具合にはまらない。呼び捨てにするとしても、名前もダメ、苗字もダメとなるとどうしたものだろうか。というよりも何か、彼女のことは苗字じゃなくて名前で呼んであげたい。星野という響きも綺麗なものだけれども、絵里香のそれの方が断トツだろう。そこをどうにか弄って、直接そのままがダメなのであればあるいは愛称のようにちゃんを付けてみたりだとか。
「絵里香、ちゃん……うーん」
 近くはなってきている。さっきよりも全然良いけど、もう一声。何かリズムのようなものが悪い気がする。略称というものはそういえば何でもかんでも四文字のものが多いのだけれども、あれはやっぱり調子だとか読みやすさとかそういうところに因するものなのだろうか。だとしたらどうだろう、それに則ってやってみると。
「エリちゃん」
 カチッと。決して簡単な辺をしている訳ではない多角形が、まるでパズルのピースのように上手い具合にはまった時のような感触。生まれて初めて音にした言葉だというのに、どこか親近感のようなものが湧いて。まるで今までもずっとそうやってきたかのような安定感がある。エリちゃん。
 加えてそうだ。彼女の風貌だとか雰囲気を鑑みても、その呼び名は過不足なくしっくりとくるもののような気がする。私がそう呼ぶにはやや砕けが過ぎているような、それでも彼女ならそれを許容してくれそうな、普通にしていればちょっと収まりが悪く感じるようなところだけれどもきっと彼女はそんな些細なことなど寛容一つで問題なくしてくれるのだ。他人には為し難い、彼女のそういう特別なところに依存をしつつ成り立つようなこのバランスもどこか心地が良い。エリちゃん。
「うん……エリちゃん」
 無理矢理に作る必要なんて何一つない。私はそれこそ久しく、心の底からふつふつと湧き上がるような類の笑顔を浮かべられている気がする。一言で言うと嬉しいからなのだけれどもどうしてそうなんだろう。環境が激変しては不安で堪らなかった今日という日に彼女と出会えたから、彼女がとてもいい人だったから、エリちゃんという綺麗な言葉を見つけられたから。理由など様々あれど、何もかもが混ざり合ってよく分からなくなってしまっている。だとしたら、こういう時は難しく考えることはない。エリちゃんと会えて嬉しい、エリちゃんとお話することが楽しい、それくらいでいいんじゃないかな。
「エリちゃん」
 にこー、と。しかし自分でもどうしてそこまで。きっと今の私に耳やら尻尾が生えていたらそれぞれピンと跳ねてはもの凄い勢いで振り回されていることであったろう。鏡がないから見ることは出来ないけれども、おそらく自らの面やら気振りがそのようになっているであろうことは想像に難くなかった。握ったままでいた右手にはより一層の、それでもやりすぎないようにとやんわりと力を込めて。そんな私にエリちゃんは、どうしてだろうどこか恥ずかしそうに、
「う、うん。こっちこそ。えっと……瑠璃、でいいかな?」
 私に尻尾がなくて本当に良かったと思う。もしそうなのであればこの瞬間には、おそらく力一杯に振り過ぎてどこかに飛んでいってしまっていたのではないだろうか。
「うん。いいよ、エリちゃん」
 そうして気持ち良く応じる私に、やっぱり言い出しっぺのエリちゃんはとても恥ずかしそうに顔を逸らして、
「改めてその、これからよろしくね、瑠璃」
 どうやら、他の何が悪くても彼女と同室なら上手くやっていけそうだ。そんな漠然とした期待感を胸にしながら、ともあれ私はエリちゃんとの邂逅を果たしたのだった。


 閑話休題。
 どちらでも良いと言われるならば、わざわざ彼女の反対側を取る必要はないだろう。一先ず挨拶も済ませたことだしと、私は入り口から見て右手、手前側のベッドと机を縄張りとすることとした。
 これに際し、もし部屋替えというものがないのであれば先三年はここがずっと私のスペースとなるのであって、我ながら安直な決め方だなあとは思う。もう少しこう、日当たりだとかを踏まえては反対側も考慮すべきなのかもしれないけれども、いずれにせよどちらのどこが良くてどこが悪いかだなんてそんな、そもそも実家の私の部屋のそれとしかまともに比較することが出来ないのだから詮ないことなんだろうと思う。残念ながらそんな些細な違いを気にするような繊細な神経も持ち合わせていないし、だとしたら目先の利だけを取る分には何ら問題はない。きっと私にとってはこれが最も理にかなった選択なんだろうと、そう思うことにする。
 決めつけては、散々に私の足腰を傷めつけてくれたバッグの中の小物を早速、机の上に並べていく。ハンカチ、ティッシュ、お財布とかは元より。他にも日焼け止めクリームだとか、手鏡、櫛、香水、その他諸々。こちらに来る数日前から荷造りをしていた手前、どうしてもダンボールの中に詰め込むことが出来なかった彼らだがしかし、クリームだとかそういうのは予めこちらに送っておいて当日家を出る時だけはお母さんが使っているやつを借りるだとか、あるいは思い切って携帯用のストックをもう一つ買ったっていい。そうして改めて家から荷物を送ってもらう時に入れてもらうとか、私がもし帰省する際に持ってくるとかそういう選択肢もあったんだなあと、今更になって気付くのだ。
 たかだか数百mgでしょうと、そうやって横着を重ねに重ねた結果が今日のそれなのであって、塵も積もればという彼の有名な諺が頭を過る。全く以て弁解の余地がない。苦笑をしながら荷解きをするしかない私のおかしなことときたら。
「ところでさ、瑠璃って」
「うん?」
 部屋の隅に寄せられていた私宛の荷物の内、一つ目の解体作業がようやく終わっては二つ目のそれに取り掛かった頃だった。その合間にも出身校だとか、趣味・特技、好きな男の子のタイプについて他愛のない会話を交わしていた私とエリちゃんだったが、さっきまでのそれとは違い、どうにも声色に注視を求めるような雰囲気を感じ取った私は手を休めて身体ごと彼女の方を向くこととする。
「結構、何て言うのかなその、攻める感じの服が多いんだね」
 私が今着ている服と、開けている箱の中身とを見てエリちゃんは呟く。秀英学園は制服というものがないために、月曜日から日曜日まで、毎日の分の私服が必要となる。
 適当にやっつけるならそこまで気張らなくてもいいのだろうけれども、一応と言える程には女の子をしている私にとっては周囲の人が飽きを感じるまで同じコーディネートを繰り返すのは耐え難い苦痛だ。必然と七日分プラスアルファで着回しが出来るようにと結構な数を持ってきたのだが、
「な、何か変かなあ?」
 オブラートに包んだ感じのエリちゃんの言葉がどうにも気になっては、自分では攻めているつもりなんて全くないものだから返し方に困ってしまう。持っている中でも特にお気に入りだとか、合わせやすいやつを優先的に選んできたつもりだったんだけど。
「いや、変っていうことはないんだけどね。ごめんね。誤解させちゃったみたいで。何て言うか、自分の武器っていうやつを正確に把握して使いこなしてるなあって感じの服が多いなって思った訳ですよ」
「武器っても……よく分かんないよ」
 変なの、って返す私に対し、しかしエリちゃんは何かを一層納得しているような様子で一人頷いて。
「まあ自覚的なのかそうじゃないのかは置いておいて、瑠璃にはよく似合うような服が多いなあって思ってさ。顔とか、体型とか、性格とか。いや性格はまだよく分からないんだろうけど、何にせよぱっと見た雰囲気にはピッタリ来るようなセンスだと思うよ」
「似合ってるって言ってくれるのは、ありがとう。でもエリちゃん、私にピッタリ来るような雰囲気ってどういうのかな? こういう服でそれが出来てる?」
「第一印象っていうのは身も蓋もないものだから、本人に対してそれを言うのは何か憚られるんだけどね。まあ、悪いことじゃないし、瑠璃ならいっか」
 そうやり辛そうに前置きしては、
「さっきもポロっと零しちゃったけど瑠璃って一見、どこかのお姫様みたいな感じに見えるんだよね。細くてちっちゃくて守ってあげたくなるような体型だし、ちょっとおっとりした感じの雰囲気もそうね。これだけでももうなかなか出せないものだっていうのに、あとこれ、顔。顔が良すぎる。もう女の私が悔しいくらいですよ。正直、瑠璃が持ってるみたいな服って一般人には少し難易度が高いような感じのものがほとんどだよね。少なくとも私が着ても似合わないだろうなあ。間違いないわ。それだっていうのに難なくこう、雰囲気だとかそういう諸々にプラスして異常なまでに顔も良いもんだから、苦もなくマッチする訳で。もう、これだから美人っていうのは得だよね。私にも分けてほしいわ」
「な、何か照れるなあ」
「もう、これですよお姫様。あ、ごめん。気、悪くした? 大丈夫? ならいっか。いやもう、同じクラスの男子とかみんな瑠璃がかっさらっていっちゃうんじゃないかしら。むしろクラスどころか学年中も危ういかな。私はあらかじめ気付けたから良かったものを、こりゃ初見する時のクラスの他の女子が可哀相だわ。お気の毒に」
 すかさず目の前で合掌をする、しかし口の達者なエリちゃんだ。あの手この手で私をヨイショしつつ多少の毒を吐きつつ、そうやって私が面倒を感じるギリギリのラインを探っているんだとも思う。
 しかし実際のところ、この話題に関してはまあ自覚や自信が全くないと言えば嘘になるけれども、それでも私にはとても真似出来ないような話運びだとか芸当を難なくこなす彼女も卑下する程には悪くはないというか、むしろそういう意味で言うならば確実に上玉という部類に属する方だと思うんだけどなあ。少なくとも私が男子なら放っておかないな。この旨を口に出してみると、
「いやん、もう。やめてくださいよ、私なんかそんな大層なもんじゃないですって。おっぱい小さいし。ははあ、さてはそうやって私までメロメロにする気だなあ? この悪い子め! エリちゃんはこんなんだから油断してると瑠璃が女の子とは言え、パクっといっちゃうぞお、うぇっへっへ」
 そうして前傾姿勢をとっては両腕を軽く折り曲げ前に突き出しにぎにぎとやる彼女は、食べちゃうぞおとか言いながらも恐ろしさなど欠片もなく迫ってくるものだからついつい吹き出してしまう。
「おっぱいは関係ないよお。それにそんなこと言ったら私なんてぺったんこだし……」
「分かってないなあ、瑠璃はそこがいいんじゃない。ていうかその体型相まってのその服でしょうが。少なくともおっぱいがある人よりはおっぱいがない人の方が、そういうのは似合う気がするなあ」
「じゃあ、エリちゃんはおっぱいがあるから似合わないの?」
「まさか! いやもう見てください触ってくださいよこの津軽平野。あまりの貧相っぷりに半島脇の海峡もご覧の通り冬景色に御座います」
 そうして荷解きをする私の手を無理やりに取っては自らの胸にあてがうエリちゃんで、確かにこう、肉と言うよりは骨とか皮とか何かそういう感触が先立つのは否めないものだけれどもそんなことを言い出したら。
 彼女の胸元から引き戻したその手で私は自分のそれを擦ってみる。
「……おっきくならないかなあ」
 今度はエリちゃんが吹き出す番だった。
「瑠璃って面白いなあ。作ってそんな感じって訳でもなさそうだし、いやもう天は二物を与え給うたものだね。モテの神様が瑠璃にもっと輝けと囁いている感じ」
「もう、エリちゃんたら」
 そうして一頻りおっぱいがどうだとかモテがどうだとか他愛のない話に花を咲かせている内にも二つ目のダンボールも終了だ。箱を綺麗に潰して脇に除けては三つ目に取り掛かる。中身が軽いものだから、おそらくこれも服飾なのだろう。自分でもまあよくもこれだけの量を持ってきたものだと思わずにはいられない。
 チキチキと小気味の良い音を立てながらカッターの刃を出し、開封を終えてはさて取り掛かろうといったところでエリちゃんが席を立ち、
「手伝ってあげるよ」
「え、そんな悪いよ」
 突然の申し出についつい遠慮をしてしまう私だが、実際にそうだ。形が面倒くさいやつが多いものだから、畳み方を間違えるとすぐに型崩れを起こしてしまうのだ。私は自分のものだし慣れているからいいのだけれども、エリちゃんにそれを出来るかと問われると、確かに第一印象というものは身も蓋もないものだ。失礼ながらおそらく、いや多分、きっと出来ないだろうと思う。悪気なんてものはないんだろうけれども。
 果たして彼女は私の心中を察したのだろうか。
「さっきから見てる感じ、私にそんな細かい仕事は出来ないと思うわ。大雑把だし。でもまあほら、結構深さがあるじゃないですかねこの箱。出したり畳んだりって大変そうだし、せめて瑠璃が畳むだけに集中出来るように荷出しくらいはしてあげようと思ってさ」
 どうしたものかと戸惑う私に、エリちゃんはさらに被せるように。
「いずれにせよ、今までずーっとぼうっとしてるだけで暇だったんだ。良いじゃん、私は全然苦にならないからちょっとくらい手伝わせてよ。あ、それともあれかな、結構大事なんで他人には触らせたくないとかそういうやつなのかなもしかして」
「そんなことないない! 全然大丈夫だよ。ごめんね? それじゃあお願いしてもいいかな?」
「オッケーオッケー」
 心底嬉しそうに笑うエリちゃんに、これは敵わない。手伝ってもらった方が早く済むのも事実だし、ここはお言葉に甘んじることとしよう。
「上から順番に出して渡してくれればいいから」
「はいさ」
 早速以て手順をこなしてくれるエリちゃんから一着目を受け取って。流石に何回も着ている自分のものだから淀みなく片付けることが出来る。際して、それぞれの服によって折り目となる部分が微妙に異なるものだけれども、皺が目立たないようなポイントを的確に選んではてきぱきと作業を行って。あんまりエリちゃんを待たせてもアレだろう。急ぐとかそういうことはどういう仕事に関しても全般的に苦手な私なのだけれども、そうも言ってはいられない。必死に取り掛かる。
 折り畳んだものは着々と脇に寄せ、目を遣るとエリちゃんは無言で次を差し出してくれて。ああでも、何かいいなあ、こういうの。
 そうやって私は畳む、除ける、あるいは形的に折り曲げること自体が向かないものもある。収納する際には仕方ないからと詰め込んだものだけど、出来る限りにシワを伸ばしてから同梱していたハンガーに袖を通しては壁際に備えられていたフックへと掛けて。
 そういう調子で三つ目の箱を片付けて、四つ目、そして五つ目の半ばまで来るといよいよ衣装関連は終わりのようだった。エリちゃんからの報告を受けて私は謝辞でして返す。
「しかしまあ持ってきたねえ。私も結構なもんだけど、それにしても瑠璃のは多いわ。ああでも、ふわふわフリフリしてるのが多いから容積的にそう見えるだけなのかな? あとあれか、あんまり詳しくないけど洗濯とかも大変そうだしね。予備は多目にあった方が良さそうだし」
「ここは私服だっていうから、一週間分とちょっとはあった方がいいかなあって思って。アウターだけでもそうだし、インナーはそれより多目に持ってきたからそのせいかも。見た目には確かに多く感じるね」
 壁に掛けた一枚、特にお気に入りの白黒装束――俗に言うゴスロリというやつだ――を仰ぎながら呟くその傍ら、興味津々といった様子で同じくそちらに視線を送るエリちゃんが目に入って。
「ね、」
 どうにも提案せずにはいられなかった。
「エリちゃんさ、それ着てみない? きっと似合うと思うよ」
「うええ?」
 それがさも心外だと言わんばかりに驚き八分、辞意が二分といった調子の声を上げてはエリちゃん。
「無理無理。私にそういうのは似合わないって」
「そんなことないよお。エリちゃんって私よりちょっとだけ大きいけど、あれって少しゆったりして余裕のあるサイズ感になってるし、それにほらエリちゃん曰くスレンダーな感じの人の方が似合うんだよね? だとしたら間違いないと思うな」
「もう、そんなおだてたって何も出やしませんよ」
「おだてとかそんなんじゃなくて。どうしても私が見てみたいの。ね、エリちゃん、お願い」
 手を合わせ、起立しているエリちゃんを下から見上げてはご機嫌を伺うように首を傾げて。果たしてそれが通じたか、
「全く敵わないなあ。見た目に似合わずなかなかどうして黒いんだから。可愛いけりゃ何でも許されると思うなよお?」
 憎まれ口を叩きながらもしかしどこか諦めたように肩を竦めるエリちゃんで。
「まあ、今回は特別。新入りの瑠璃ちゃんがどうしても私に着てほしいって聞かないもんだから、心優しい私はそんな彼女のために身を粉にしてまで見世物を演じてあげるのです」
「ふふ、ありがと。エリちゃん」
「またもう、いいからそういうのは。ほらさっさと寄越しなさいよ、私の気が変わらない内に」
 照れて仕方がないといった様子の彼女に対して否やはない。というよりもまあ私の見立てが違っていなければ、分かりやすすぎるくらいにエリちゃんはこれを着たがっているのだと思う。利害関係の一致、大変素晴らしいことじゃあないか。
 そうなると善は急げというやつだ。私は壁に掛けたばかりのそれを再び卸してはボタンを一つ一つ外して。「見た目に違わず面倒くさそうな服だね」全く以てその通りなので、その間に脱衣をお願いしておくこととした。
 私が準備を着々と進めるその傍ら、しかしセーターとシャツとパンツとを一枚ずつ脱ぐ度に露わになっていく彼女の肌に目が吸い寄せられる。運動か何かをやっていたのだろうか。細いながらもしっかりと芯の通ったような肉質、服を脱ぐというそれ一つの動作にしても柔軟性に溢れる身体の捌き方、バランス感覚。
 確かに彼女は全体的にほっそりとしてはいるのだけれども、私のような如何にも女の子然としたそれとはまた違い、身を軽やかにこなすために修練を重ねたその結果として磨き上げられた、莫大なエネルギーを遺憾なくバイパスしては最大限のパフォーマンスを発揮するための、そう、まるでそのために成っているかのような存在感だ。同性だというにも関わらずその造形美には思わず引き寄せられるようなものを感じてしまう。
「やだもう、ジロジロ見ないでよ」
「あ、ご、ごめんね」
「そんな素直に謝られると逆に照れるなあ」
 どうしたらいいのかと。まあ手落ちはこちらにあったものだから仕方がない。
 ともあれ、見惚れつつも無意識に動いていたらしい手の方はすっかりと着脱可能な状態へと開いてくれていたようで、スカートは一先ず机に置いておき、ジャケットをエリちゃんへと手渡す。
「これ、どうやって着るのかな。普通に腕を通して前で留めればいいの?」
「そうだよ。留めるところが結構多いから他のより面倒だけどね。分からなかったら遠慮なく聞いてね」
「瑠璃のお気に入りみたいだし、変にやってビリッてなる前にそうさせてもらうわ」
 右、左と腕を通しては肩幅を確認しているんだろうと思う。軽く位置をずらしたり引っ張ってみたり、ある程度そうやってからやがて落ち着いたのか、私を伺うように寄越す視線へと、にっこり。頷きで返してやるとボタンを上から留めに掛かる。
「しっかしまあ、一直線に真っ直ぐ付ければいいのに。どうしてまたこんなに右だとか左だとかにボタンが散らばってますかね。しかも一つ一つがもの凄くおっきいし、数も多いし」
「ファッション性ってやつなのかなあ。私は可愛いと思うんだけどエリちゃんは気に入らなかった?」
「可愛くないっては言ってないわよ。ただ面倒なだけで……これでいいかな?」
 苦言を呈しながらも片っ端からやり終えたエリちゃんの質疑に対して、私は彼女の周りをぐるりと一つ回ってはボタンだとかの留め忘れは勿論のこと、着丈、肩幅、胸囲、その他諸々のサイズチェックをこなして。
「うん。大丈夫。やっぱりエリちゃんも細いからぴったりだねー」
 ハンガーに掛かっていた上とお揃いのスカートを手に取り続けて差し出す。難しい難しいと言った割には、これは全くの偶然なのだけれども、それでも割とシンプルなやつに当たったものだ。幸いだったと思う。
 ちなみに今エリちゃんが着ているものは基本的には腕や足を通してボタン、あるいはフックを留めればそれだけでいいようなやつで、仮にリボンやら何やらをコテコテにフルコートしなくてはいけないようなやつだったならば、今ですらこうなのだ。彼女のことだから恥ずかしがっては途中で投げてしまったかもしれない。やってられるかー、とか言ってさ。
「ん? やっぱり何かおかしい?」
 顔に出てしまっていたらしい。今まさに足を通さんとするエリちゃんはその直前でピタリと動作を止め、不安げな面持ちで以て私を見上げてくる。
「んーん。大丈夫だよ。エリちゃんが可愛いなあって思って、つい」
「あーもう、いいからそういうのは! うう、やってらんないなあ、辞めちゃうよ。辞めちゃいますよ私?」
「ああごめん、ごめんね? もう言わないからせめてスカートを履いて、出来を確認して、そのあとにエリちゃんだけが写ってるので一枚、それから私と一緒に並んで一枚、記念写真を撮るまではお願い」
「やたら具体的ね!? ていうか、ああもう。分かった、分かったからそんな縋んないで。そんな必死にならなくてもエリちゃんに二言はありませんて。ちゃんと瑠璃のいいようにしてあげるから」
「ほんと?」
「ほんとだって」
「へへ、だからエリちゃんのこと大好き」
 調子がいいんだから――そう言って苦笑するエリちゃんを、流石にこれ以上刺激するのは不味いだろう。からかったりだとかそんなつもりはなかったのだけれども、確かに普段は着ないような服を着せられちゃ七五三を強制される子供のような、そういう気分になっても仕方がない気がする。これ以上ゴネられて本当に放棄されてしまっては何を隠そう一番残念なのは私な訳で。だとしたらこの場は粛々と彼女が着替え終わるのを見守るのがベストなんだろうと思う。
 そうして私が黙している内にもまずは右足を通し、次いで左を通してからスカートを腰元まで引っ張り上げるエリちゃん。しかし私の頭はどうしてしまったのだろうか、何かこういう光景をじっと見つめていると生着替えだとかそういう妙なキーワードを連想してしまって。
 ああ、なんだろうか。変に猶予があるものだから思考がおかしな方向に回り始めてしまってはどうにも止まらない。
 だってさ、よくよく考えてみたら、どこか性的な意味合いを含むその生着替えという言葉は果たして何故着替えという言葉に生という字をつけるのだろう。食べ物でもなんでもないのに、常々不思議に思っていたのだけれどもしかし確かに、着替えは着替えでも件の接頭辞が頭に一つ付くだけで途端にえっちな感じの響きになるというか何というか、すなわち人々はそういう言葉の韻だとか、そこに含まれる属性に酔っているのかなあ。私は男の人じゃないから今一つよく分からないものだけれども、確かに今目の前のエリちゃんが繰り広げるこの瞬間を生と銘打ってビデオか何かそういうもので披露したならば、それだけで食いついてくる人はごまんといそうだ。つまりはそういうことなんだろうか。ううん、生着替え、つよい。
 そうやって、私事ながらアホな妄想に花を咲かせている内にもエリちゃんは横手に配されていたフックを留め終え、いよいよ出来上がりのようだった。「どう?」と訪ねてくる彼女を見るに回るのは一先ず後にするとしておいて、生地の着こなしだとか窮屈感、違和感を事務的に確認しては、うん。どうやら問題なさそうだ。
「違和感なんて言っちゃうともう、さっきから身体中がムズムズして恥ずかしくてどうにかなっちゃいそうなんだけどね。服に染み付いた瑠璃菌のせいかしら」
「菌とか、エリちゃんったらひどいなあ」
 くすくすと二人で暫しそうしてから、ついでだからこれもやってもらおう。
「あとエリちゃん、これ。せっかくだからこれも着けちゃお」
 そうして私が差し出すのは上下とセットの品ではないのだけれども、モノクロの基調を壊さないようにと店頭で延々唸りながらも選んだ髪飾り、ヘッドドレスというやつだ。
 私自身も普段はそんなに使わないものだけれども、やはりこれを装着すると如何にも正装というか何というか、完全装備といった感じがするものだ。そういう意味合いも加味して慮ってみると、おそらく今というこのタイミングを逃してはエリちゃんという子は先三年、二度とこのような機会を与えてくれないと思う次第で、だとしたらば私が今果たすべき使命はこの目の前のエリちゃんを一部の隙もない完膚なきまでの完全体ロリータに仕立て上げ、その上でやはり先の将来に一切の遺憾も残らぬよう徹底的にフレームへと焼き付けることなのではないだろうか。物理的にも、私の心にも。きっとそれは、うん。素晴らしいものになること間違いない。
 私がまさか裏ではここまで加速しているとは予想だにしていないだろう、それでも先の提案をポーズとはいえ嫌がるエリちゃんにせっかくだから、記念だから、と念を押して――自分でも何の記念なのかさっぱり分からないものなのだけれども――ともあれその頭にこの生地が収まりさえすればいいのだ。根気強く、私が押しに押していると、
「もう、今回だけなんだからね?」
 いよいよを以て折れてくれるエリちゃんに、良し。これだけは着けにくいものだからと私が直接着付けてあげる。上下角、左右角、生地のボリューム感、何せ一番の見せ場である顔にごく近いパーツなのだからそれら一つ一つに細心の注意を払っては仕事をこなして。
 ――さあ、いよいよ完成だ。
「うあ……エリちゃん可愛い……」
 ほう、と溜め息が漏れてしまう口元を両手で抑えながら。腰の付け根辺りから背筋を伝ってはムズムズとした感触が這い上がってきては自らの仕事振り、そしてその末に出来上がった目の前の彼女の姿態に恍惚としてしまう。これはもう、諸々が予想以上の完成度だ。
「あ、あんまり見ないでよ。変じゃない?」
 言葉少なに無遠慮な視線を送り続ける私の、返すとそれが最大限の賞賛と取れることを彼女は理解しているのだろう。思った程にはこの間合いに対する抵抗というものが少ないらしく、どこか照れくさそうにしながらも満更でもない様子に見える。
「変なんてそんなことないよお。すごく似合ってる。可愛い」
 エリちゃんを安心させるためと満面の笑みを作って私。果たしてこれは効果的だったようで、
「ま、まあ瑠璃がそう言うなら悪い気はしないわね……」
 先程まであんなにも頑なだった彼女をこうまで言わしめるのだ。
 正直なところ、まあ、さっき思ったようなアレだ。七五三的な雰囲気というのも否めず、確かに着慣れていない感じが出るものだけれども、しかしそれを含めてのこの瞬間の上質に感じる。物は言いよう、次第は運びようというやつだ。真っ直ぐにこれを伝えてしまったのであればきっとエリちゃんは降りてしまうだろうし、だからと言って何度も繰り返してこなれてきては照れというものが抜けてしまって、それはそれで今程の価値を再現することは難しくなるだろう。
 意図せずとも絶妙なバランスの上に成り立っているこの至高を前に、さてしかしうかうかなどしてはいられない。
 私は机の引き出しからさっき仕舞ったばかりのデジタルカメラを取り出す。こんなことになるのならば、良し悪しなんて分かる訳もないけれどももっとレンズだとか機能だとかに優れているやつを買えば良かったと後悔してしまう。平素はこんな小さな機材に何十万とお金や熱意を掛ける人の心地に対して、そんなもの撮れさえすればどれも同じじゃないかと思うような私なのだけれども、しかし今ならばしかと、そこに介在する価値というものが理解出来る気がする。お金なんていう野暮なものに変えられない、それが限りなく無意味に感じる瞬間というものは確かにあるものなのだ。
「ね、エリちゃん、いいよね?」
 にっこりと眼前にカメラを掲げる私にどこか慌てたような様子のエリちゃん。
「や、ちょっと待ってよ瑠璃。着るまでは良くても流石にその、写真とかに残しちゃったらほら、後々になってから色々と後悔しそうというか何というか」
 やはり次いで来る否定の文句であって、しかしてっきりいけるものかと思っていたけれどもなかなかどうして頑固なようだ。こんなにも可愛いというのに。
「後悔するようなことなんてないと思うけどなあ。それにほら、私がエリちゃんに出会った今日という日は、今日以外に一生涯訪れることはないんだよ? 私はそういうのって大事にしたいなあ。きっとね、これからすごーく仲良くなる私たちをね、数年後の私たち……そう、例えば卒業前とかに振り返るんだ。それでその時にね、今から撮る写真を見て今日を思い出して、うわあ懐かしいなあって。私はそういうことをやりたいの…………ね、ダメかな?」
 言いながらも熱を帯びながら段々と迫っていく私にエリちゃんはどこか怯んだように後ずさっては、衣装と相まってそんな仕草をされては一層に私は我慢が効かなくなってしまいそうだ。これはもう彼女が嫌と言おうが何をしようがやり通さないことにはいられないだろう。既に後戻りなど出来ないところまで来てしまっているのだ。
「で、でも……」
 それでも踏ん切りがつくには材料が足りていないんだろう。渋りの抜けないエリちゃんにしかし、ここは押しの一手に限る。とにもかくにもノリで通してしまえばきっとそれで何とかなるものだ。
「ね、それならさ、私も一緒に写るから。それならどうかな? このカメラってタイマーもついてるから、三脚とかそういうのはないけれど机とか丁度いい高さだし。二人で一緒ならエリちゃんも大丈夫だよね?」
 我ながら言うことが滅茶苦茶だなあと内心で苦笑いをしてしまう。発言に統一性もないし、こちらは慣れているから良いものを、エリちゃんからすると私が一緒だろうが何だろうが本来はそんなに関係ないはずなのだ。これに関しては間違いのないことだろう。
 しかしまあこういう切羽詰った時の勢いというのは存外に多大な影響力を含むものであって、今の彼女からすると何が良くて何が悪くて、何が標準的で何が異常なのか、その境目が私のせいで徐々に壊れていっているんじゃないかと思う。
 だって、ほら。
「もう、無理やりなんだから……分かったわよ。ほんと今日だけ、特別なんだからね。もう頼まれても二度としませんからね?」
 顔を真っ赤にしながら横へと逃がす彼女の、言質良し。
「えへ、ありがと。エリちゃん」
 流石に私も学んだものだ。過度に褒めたりだとかそういうことはしない。このデリケートな間合いが持続している内にさっさと仕事を終えてしまおう。そそくさとカメラの設定を開始する。
「ごめんねエリちゃん。そっちの机の横辺りでやろうと思うからその辺に……そうそう!  そこでちょっと待っててね、今合わせるから」
 慣れていない液晶をありったけの知識をフル動員して操作しては、何とかフラッシュと、タイマーと、それと室内撮影モードの設定にありつけた。どうにも部屋が薄暗いけど、まあフラッシュが焚ければきっと大丈夫だろう。カメラを机の上に配して角度だとかズームを調整して。
「十秒で撮るようにタイマーを設定するから。エリちゃん、いい?」
「私は立ってるだけだから。瑠璃が良いならいつでもどーぞ」
 そうやって半ば投げやりに。良いと言うのだからやらせてもらっちゃおう。私は撮影ボタンを押し込んではエリちゃんの元へと急ぐ。
「ね、せっかくだから手も繋いじゃお」
 そのまま勢いで。ここまで来てしまってはもはや否を返す暇も空気もないと思う。図々しくもその辺を活用させてもらっては、そう、せっかくなんだから。とっておきの出来栄えを残そうじゃないか。
「そろそろかな? エリちゃん、笑って笑って」
 撮影直前を告げるランプなんだろう、赤い光が三度点灯して。
 カシャッ。
 手どころかいつの間にか腕まで絡ませていたエリちゃんに会釈を送り、私はゆっくりと結合を解く。
 早速出来栄えを確認しようと、机上のカメラをやはり慣れない手付きで撮影モードから鑑賞モードに切り替えて。そこに映し出されるスライドを眺めていると、私が撮影したやつの他にも昔に撮ったやつが何枚か残っているようだった。
 幾度かページを繰っている内にもしかし今撮影した一枚を――見つけた。
 私は決定ボタンを押しこんで液晶画面へと拡大させる。
「ね、ね、エリちゃんエリちゃん」
 笑みを抑えることすら適わずに、私はエリちゃんを手招きする。はいはい、と苦笑いをしながらも応じてくれるゴスロリの少女はこの絵を見て何を思うのだろうか。
「ほら。何か私たち、双子みたいだね」
 彼女の前に差し出す画面の内側には、私事ながら満点をあげてもいいくらいの笑顔でエリちゃんの腕に絡みつく自身と、仕方がなさそうな笑顔で――それでも可愛いことに顔は耳まで真っ赤にして――私に組み付かれている方とは反対側の左で控え目なピースサインを作るエリちゃんが仲睦ましげな様子で収められている。
 顔の造形だとか髪の質感だとかはまるで違う私たちだけれども、しかし、ああこの際だから自分で言っちゃいますよ、美人であることに関しては通常という水準を遥かに振り切って満足している私たちであって、事これに関しては双子的なそういう意味合いを優に満たしているだろうと思う。
 それもまあ実際のところは全くそうではない私たちが、仲良く寄り添うこの液晶の内側。果たしてこれは三年の後も、そしてその先も続いてくれるものだろうか。人生というものは何が起こるか分からないもので、おそらく彼女とのこれからにしても例に漏れないのだろうけれども。それでもどうか、続いてくれるといいなあ。
 どこか先へと耽る私は私として、エリちゃんもエリちゃんで暫く画面を食い入るように見つめた後に溜め息を一つ零しつつ。
「思ったより、悪くないわね」
 その一言を貰えただけでこの計画は大成功だったと言えるだろう。私の見立てに間違いはなかった。
「じゃあ、今度また着ようね」
「うっ……」
 そうして継続を提案する私へと、しかしこれに対しては流石に抵抗があるのか即答をすることの出来ない彼女だが、でもまあそれも時間の問題だ。何とはなしにだけれども、今のエリちゃんの心の色は、
「ま、まあ、気が向いたら……ね」
 それだけで十分だ。お互いにまだ出会ったばかりで、上手いこと相互の理解などは出来ていないのだけれども、今はこれでいい。こうやって二人にとって具合のいいところを上手に探してはそれをキープして。私はエリちゃんとは、そうやってやっていけたらなあと思う。
 私がずっと見つめているからだろうか、やがて間が持たないといった具合に顔を背けてはエリちゃん。
「と、ともあれ今日はこれで終わり! ほら、もういい時間だしそろそろ学食でご飯食べよ。瑠璃もお腹減ったでしょ? 私はペッコペコだなあ、うん、そうしよう。今すぐ行こう」
 そうしてヘッドドレスを取り去り、スカートを脱いで、脱衣の手順を踏み始める彼女に多分な残念を覚える傍ら、しかしまあ今回はこれでいいんだろうと思う。だって、彼女は言ってくれたんだもの。
 気が向いたら、次もあるんだって。
 今の私にはそれだけでもう、十分なものだった。
「ありがと、エリちゃん」
 三月の、春と呼ぶにはまだ肌寒い日和にて。




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