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2010.09.25 (Sat)

その 切なすぎる想いは…

という訳で先日より予告しておりました、過去ストックのARIAから灯里とアリスを公開致します。
ファイルのスタンプが2008/10/20となっているのでほとんどもう2年くらい前に書いた作品です。ある程度の手直しは加えましたがそんなんでどうにかなるほど甘くはありませんでした。当時の自分の力量に愕然としつつこれ以上直しを加え続けると日が変わってしまうので区切りをつけて現状でうpってしまいます。

字数的には12000字少々のボリュームと、一息で読める範囲のものであると思います。というかいつもいつも長いのばっかりですいません、今回はこの1度で完結ですので手っ取り早くお楽しみ頂けると思います。
また、一部お話の展開が過去作の咲にそっくりな部分があります。これは当初、本作を公開する予定などなかったものですから、咲和で使っちゃえと思ってやってしまったためです。我ながら芸の幅が狭い。

とまれ、細々と面倒をすいませんでした。
今回は珍しく作品タイトルもついています。『その 切なすぎる想いは…』です。どうにも小っ恥ずかしい言葉をアニメ版サブタイトルの調子に準拠させております。
続きからどうぞ、お楽しみ頂ければと思います。

【More・・・】






「いってらっしゃい、気をつけてね」
「はい、アリシアさん。今日も頑張ってきますねー」
「いってきます」
 アリシアさんの見送りを背に灯里先輩がアクアの海へとゴンドラを漕ぎ出しました。今日の合同練習は、まず先輩からの順番となっています。
 腰掛け、ふと見上げた空は穏やかに晴れ、風は静かに流れて。先輩の上機嫌な顔も、風に踊る桃色の鬢も、何もかもがいつも通り。絶好の練習日和と言って差し支えのないお日柄ではありますが、しかし本日はいつもとはちょっとだけ違うことがあります。
「それにしても藍華ちゃん、残念だねー。こんな素敵な日におうちで寝込んでなきゃいけないなんて、可哀想」
「体調管理が出来ていないのはでっかい自業自得だと思いますけれど、確かにちょっとは可哀想ですね」
「はは、アリスちゃんったらきびしー」
「そんなことないです。普通です」
 そう、本日は藍華先輩の体調が思わしくなく、自室にて全日の絶対安静処遇らしいのです。わざわざ伝えに来てくれた晃さんの話によるとどうやら先輩はただの風邪らしいのですが、無理をしてこじらせても事だし、そしてやはり当の本人はそんな状態にも関わらず飛び上がらんばかりのやる気に満ち溢れていたようで、見かねた晃さんが力づくで寝かしこんできたそうで。
 事の顛末を聞いている限りでは終始笑い話のように軽く言ってはいた晃さんですが、しかし一体何を以ってしての力づくなのでしょうか。あの負けん気の塊みたいな藍華先輩が大人しく寝ているというこの事実と照らし合わせて、一体どんな魔法を使ったものかと、その次第が今も気になって仕方がありません。
「ゴンドラ通りまーす!」
 それにしてもまあ、灯里先輩は相変わらず元気です。何を考えてるのかそれとも考えていないのか、ぽややんとした笑顔を振りまいては楽しそうに水上に舟を滑らせて。それでいて繊細な舵使い、無駄なく巧みに波を掻き分けているところは流石と称するべきでしょう。
 ぼうっとその横顔を見。今思うと、わたしは先輩を一目見た時からこの裏表のない心からの笑顔、そこに同居する温かさに惹かれていた気がします。一人前のプリマを目指すわたしは、明くる日も明くる日も的確な操船技術の向上に励んでいたものですが、ウンディーネに真に必要なものとは機械のような小手先の技術だけではないことを、そう、先輩は身を以って教えてくれたのです。
 そこに言葉は必要ありませんでした。灯里先輩が微笑むと、わたしは心のどこかはよく分かりませんが奥の深いところがふんわりと温かくなり、それはとても幸せな気持ちになるのです。何の気もなしにわたしの心を掴み、捉えてしまった先輩を、子供心ながらどこか悔しく思うところもあったのですが、それ以上に魅せられて堪らない。
 はじめこそそれは、どこか憧れのような感情だと思っていました。頑ななわたしの心をやんわりと砕いた先輩へとわたし自身に足りないものを感じて、それが何かは正しくは分からないけれども。
 それにわたしは満足していました。先輩の側にいるだけで流れ始める、素敵な時間。きらきら輝いて、眩しい時間。それは、先輩がいるから。一緒に積み重ねていく、かけがえのない想い出。それは、乾き切ったわたしの心を満たしていくものでした。
 それでもやがて、わたしは渇望を覚え始めたのです。灯里先輩が藍華先輩と親しげに話しているところを見ると、手と手が触れ合っているところを見ていると、粘着質な、それでいてどこか漠然と不愉快な感情が、わたしの心を包み込んでいくのです。これは違う、いけないんだと思いますが、どうにもなりません。わたしの意志に反して、その嫌な想いは次第に肥大化していき、やがてゆっくりとですがしかし、有無を言わせぬ力でもってわたしの心を蝕んでいきました。
 何が何やら分からなくなって、わたしはある日ひっそりと枕を濡らしました。アテナさんに気付かれないように、ささやかに涙を流しました。おかしな涙でした。どうしてわたしはこんなに苦しいのだろう、どうしてわたしはこんなに辛いのだろう、それすらも分からないままにただひたすらにしゃくりあげるのです。
 やがて朝になって、流す雫も枯れるほどに疲れ果てていました。それでも、泣くだけ泣くことでわたしの中の汚い部分も洗われていったように感じました。意地や建前などの余計な部分をこそぎ落として残った、純粋なわたしの想い。それは。

 灯里先輩が、好き。

 友達でもなく、先輩でもなく。わたしはそれ以上のところで灯里先輩のことを意識してしまっている自身がいることに気付いてしまいました。それが決して許されない想いであることを知りつつ、それでも。


 ―― その 切なすぎる想いは… ――


「アリスちゃーん? おーい」
「わっ、せ、先輩っどうしたんですか!?」
「今日はどこら辺に行こうかなあーって思って声を掛けたんだけど、アリスちゃんったらさっきからボーっとしてるんだもん」
「い、いや、それはですね……」
「もしかしてアリスちゃんも風邪とか? うーん、ちょっとごめんね」
 そう言って先輩は漕ぎ手を休め、わたしの元へと駆け寄り身を屈めます。グラグラと船体を揺らしながらなものですから何事かと思っているわたしにはしかし構わず、先輩は自らの帽子を傍らへと置き、同じくわたしの帽子を脱がせ、そのまま空いた方の手でわたしの前髪を頂へと払います。あっ、と次に起こるであろうことに気付いた時には、
 コツン。
 晒されたわたしの額へと、自らの額を重ね合わせ「うーん?」とか頭を捻っている先輩。近いです、近すぎます。肌触れ合う程というのはまさにこのことで、図らずともその瞳にこうも至近から射止められてしまったわたしは差し詰め陸揚げされた魚のような様、呼吸の仕方さえ忘れてしまったようにそればかりに一所懸命になってしまいます。苦しいのか幸せなのか、居ても立ってもいられない。わたしに出来ることときたら、とにかくこの何とも言えない状況が一刻も早く終わることを、ただひたすらに待ち続ける他ありません。
 やがてその祈りが通じたのでしょうか、満足した様子の先輩はやはり笑顔で、
 「熱はないみたいだね、よかった」そ、それはその、ご心配をおかけしました「あれアリスちゃん、何か顔が真っ赤だね。やっぱりどこかおかしいのかな?」そ、そそそ、そんなことはないです、でっかい普通です「そうかあ、元気そうだしやっぱり私の取り越し苦労だったかな」そうです、先輩は心配性すぎます「そんなぁー」
 とまれ、ようやっと距離を置いてくれた先輩に落ち着く反面、多分に残念を覚えながらも、ああ、もう。いずれにせよあのままではわたしは参ってしまったことでしょう。未だにドクドクと運動を活発化させている胸よ鎮まれと、腕を前に組み平常心を試みますが、どうにも上手くいきません。本当に、先輩はでっかい大迷惑なのです。


 いつも通りのはずの練習に今ひとつ身の入らないわたしはともかくとして、時間の方は刻々と経過しており、気付けばもうお昼時といった折でした。それにしても、どうにも今日はいけません。藍華先輩がいないために、灯里先輩と一杯お話が出来たり、先輩同士の過剰なスキンシップにやきもきしたりせずに済むのは大変喜ばしいことなのですが、ほら、近すぎてアレってやつです。いざそうなると緊張してしまったわたしは、思ったよりも伸び伸びと出来ずに何をしようにも縮こまってしまいます。情けないことです。
「アリスちゃーん、ねえ、アーリースちゃんってばあ」
「は、はいっ!?」
 ああ、またこれです。先輩は心配そうにわたしの顔を覗き込んできます。
「本当に大丈夫? どこが調子が悪そうなら、今日はもう終わりにして帰ろうか?」
「い、いえ、本当に大丈夫ですから。ちょっとぼーっとしてただけです」
 でも、と尚も食い下がる先輩にわたしは念を押して――お昼から頑張りますから――とりあえずはそれで納得してくたようです。
 それでもこんな様子のわたしを見兼ねてでしょう、早めの昼食を提案する先輩で、当のわたしに否やはありません。そうと決まり、改めてオールを握る先輩はいつもより気持ち儚げな微笑で、
「アリスちゃん、何か今日は元気がないみたいだから、私だけのとっておきの場所に連れて行ってあげるね。きっと元気になるよ」
 「皆には内緒だよ?」と一転、悪戯を思いついたような笑顔。コロコロと変わる豊かな表情、先輩とわたしだけの、というキーに込められた不思議な占有感がまた一つ、わたしをいけない子にしてしまいます。そうしてわたしは思い知るのです。ああ、本当に灯里先輩は他とは何か違う存在なのだと。
 その無垢な瞳、愛らしい声、綺麗な髪、華奢な肩、腕、足、そして、女性らしく、なだらかな曲線を描く身体。それら全てが愛おしい。同じ女性でありながらもわたしはいつしか先輩に対し、普通のそれとは違う、倒錯した感情を覚えずにはいられなくなりました。異常なことであると感じながらも、心はしかし制御を失った歯車のように空回りを続けるばかりで、その矛盾にどれだけわたしが苦しんでいるか先輩はご存知でしょうか?
 もしもわたしがこの胸の内の一切を先輩に打ち明けることが出来たなら、それはどれだけ素晴らしいことか。しかし、それは叶わないのです。
 認めます。確かに、わたしは先輩のことを並々ならぬ気持ちで以ってお慕いしている。
 それでもわたしは、それ以上に。
 今と変わらず、灯里先輩がいて、藍華先輩がいて、アテナさんやアリシアさん、晃さんがいて。先輩たちを目標にプリマを目指すというこの素敵な日々を守りたい。それは、わたし一人の勝手によって壊してしまうにはあまりにも尊い日常で。しかしこれはもう、何というジレンマでしょうか。神なんているのかどうかも分かりませんが、とにかくそのような御仁は何故わたしへとかように不完全な感情を与え給たのでしょう。こんな気持ちなんてなければもっと素直に今というこの時を楽しめたでしょうに。頭では、理性では分かり切っているのに感情がついていかない。
 先輩は照りつける太陽へと向けて手をかざしながら、やはりご機嫌に舟を漕いでいきます。その笑顔を見ているだけでやはりわたしは胸が締め付けられるようで、どうしようもなくなってしまうのです。ああ、こんなことになるのであれば多少の不便宜を感じようとも、藍華先輩には休まず来てほしかったです。我ながら、でっかいエゴイスチックなのです。


「もうちょっとで着くからね」
 そう言って先輩はいつになく神妙な様子で漕ぎ手を進めます。気付くと舟は今までの練習で利用してきたルートを大きく外れ、わたしを未知の航路へと誘っていました。それでもエスコートをしてくれる先輩においてはそうではないのでしょう。往くべきその路をしっかり見据え、淀みなく舵を取るその様は正しく水先案内人で、気を引き締めていなくてはついうっかりとその姿にときめいてしまいそうになります。
 わたしは周囲を見渡しました。
 ここは、アクア史上における目まぐるしいまでに急ぎ足な発展の狭間、人々に忘れ去られ、不運にも時代の変遷、その激流の渦中へと取り残されてしまった建物なのでしょうか。どことなく中世の遺跡のような風体を感じさせる石造りはしかしその威風の大半を既に水中へと没しており――お陰様で先輩とわたしはその内部までの進入を果たすことが出来た訳ですが――水上へとかろうじて顔を覗かせている部分も所々がひび割れ、色褪せ、あるいは自重に耐えかねて崩れ落ちていたりと、何とも言い難い有様でした。
 そういう目で見ようとするなら確かにある種の風情を感じますが、しかしそれ以上にどこか物悲しい雰囲気を漂わせる。かような場所へと手引きした先輩の意図を図り兼ね、困惑するわたしなのですが、それを察しての先程の言葉なのでしょうか。だとしたら全く変なところで気の利く人です、こういうところがまた憎たらしいんです。仕方がないので文句を言うのはもうちょっとだけ我慢してあげることにしました。


「さあアリスちゃん、着いたよ」
 先程とは打って変わり、とっておきを披露する子供然とした無邪気で先輩。両手を広げ、見上げるその先を追いかけると。
「わ……」
 そこは同じ建物内でありながらも、他所とは一線を画していました。
 随分と奥の方に入り込んで来たわたしたちの周囲は、既に外から差し込んでくるわずかな日差しのみが見通しの限りといった状態で、どことなく陰鬱とした様へと拍車をかけていました。しかし導かれた先、内部でも少し広めに間を取られているこの開けた空間。その天井は七色のステンドグラスで彩られ、暗闇へと厭気を来したわたしへとそう、今思うとそれはまさに絶妙なタイミングだったのでしょう、種々の煌きを届けてくれました。赤、青、白、黄色、緑。それら色相が混ざり合い、融け合い。複雑な、それでいてどこか上品な彩華が、わたしの周囲を控え目に照らします。
「すごいです」
 わたしは、それだけを。咄嗟に適当な言葉が思い浮かばなかったというのもあるのですが、美辞麗句で取り繕うことがここではすごく無粋に思えて。そんなものがなくても今ここにある景色はとても、とても素敵で。もうそれだけでいいじゃないかって思えるくらいに満ち足りた気持ちにさせてくれるのですから。
「アーク・アン・シェル、私はここをそう呼んでるの」
 そう言って先輩は広げていた腕のうちの片方を頭上高く掲げ、日差しを遮りながらもやはり少しだけ眩しそうに空を見上げます。七色をその身に浴びながら遥かを仰ぐその様は、わたしにとってはまるで天使か何かのようで。
「こんなに素敵な場所なのに、呼び名もないだなんて可哀想でしょ? 名前って、その人とか物を表すためのすごく大切な言葉だと思うんだ。だから、名無しさんの彼には私が名前を付けてあげるの。どう、おかしいかな?」
「わ、悪くはないと思いますけど、でっかいカッコつけですね」
「そんなぁー」
 ようやっとそれだけを返して、先輩は気付いているでしょう。天使の、悪戯を成功させてやったといった感じの意地悪な微笑みの不意打ちに、ふとすると緩んでしまいそうな顔を隠すため、わたしは焦ってそっぽを向きます。いや流石に、このシチュエーションにおいていつもとちょっと雰囲気の違う、どこかミステリアスな先輩は反則だと思うのです。長らく直視をしていてはおそらく骨抜きにされてしまいそうな、いやもう抜く骨もないほどにやられまくっている感もありますが、とにかくこれ以上は本当にいけません。それこそ完全に自制を失って、赴くままに先輩に討ち入ってしまいそうな、そういう類の予感がします。それは非常に良くないことです。
「それよりも先輩、折角ですからここでお昼にしましょうよ。もうお腹がペコペコです」
 苦し紛れに提案しますが、おそらく先輩もそうでしょうと。即答を待っていたわたしですがしかし、先輩は何か言いたそうにしてはあちらこちらに目配せを飛ばしつつ一頻りそわそわ。そうしてから何か重大な意を決したかのような眼差し、一直線にわたしを見据えます。
「それもいいんだけど、ね。ちょっとだけいいかな、アリスちゃん」
 先程とは一変して、どこか浮かない様子のその面。心当たりを探しますがそれらしい材料は見当たらず、一体どうしたのでしょうか。物憂げな表情の先輩はゴンドラを揺らしながらこちらへ歩み寄ってきます。さて、そうされると益々に不安を覚えるわたしで、依然として成果は得られぬまま思考は空回りを続けます。
 目前まで迫った先輩は座して、目線を合わせた上でわたしの手を取り両手でそれを包み込みます。とんでもなく柔らかで温かで、どことなくしっとりしていて。そのシングルの諸手、極上の肌触りにうっとりしているわたしに、先輩は語り始めました。
「アリスちゃん、私何か悪いことしたかな? いつも藍華ちゃんと一緒に練習に行く時と、今日のアリスちゃんって何かすごく様子が違うから。もし私がアリスちゃんの気に障るようなことをして、それで二人でいるのが嫌になったなら次からはそうならないように気を付けるよ。でも私って馬鹿だから、自分で何をしたのか全然分からないの。だから、もしそういうことがあったなら正直に言ってほしいんだ」
 そう一気にまくし立てられては、思いも寄らない先輩の開陳にまるで胸を矢で穿たれたようなわたしで、それは明らかな誤解なのですが、しかし起因となったのが本日の自身の不精であることもやはり疑う余地がなく。これは是も非もなく早急に過ちを正さなくてはいけません。
「せ、先輩は何も悪くないですよ。それはでっかい誤解です」
「うそ。だって今日のアリスちゃん、私と二人になってから明らかにおかしいんだもん」
「そ、それは……」
「やっぱり」
 わたしの弁解に先輩は痛々しいまでに悲嘆な面持ちで、
「何かやっちゃったんだね。アリスちゃんがそんなになるまでひどいことをしたのに自覚がないなんて、はは、何か最低だね私。ごめんねアリスちゃん、こんな駄目な先輩で。今度からアリスちゃんには藍華ちゃんと一緒に練習させてもらうように、私から頼んでおくから。本当に……」           
 後の言葉は混乱しきったわたしの頭には届きません。何故。いけないのはあくまでわたし一人で、先輩には省みるべき点はありません。それなのに、うやむやなわたしのせいで胸を害い、何故こんなことになってしまったのでしょうか。いや、それ以前にこのままではわたしと先輩は決定的なまでに駄目になってしまうのではないでしょうか。好き嫌い以前に、ささやかな友人という関係すら崩壊しかねないこの局面、こんなことが許容出来る訳がない。
「違うんです、先輩は悪くないんです」
 気付いた時にはもう、口を開いていました。
「わたしがいけないんです。先輩を、我慢出来なくなってしまったわたしが」
「あ、アリスちゃん?」
「友情じゃないんです。先輩といつも二人だけでいたい、先輩にもっと触れていたい、先輩の笑顔をわたしだけのものにしたい、皆が知らない先輩をもっと知りたい。そういう、嫌な気持ちなんです、わたしは。でも、先輩は女性で、女同士でそんなの駄目だって頭では分かってるのに、諦められなくて。もう、先輩が好きで、好きすぎて、どうしようもなくて……」
 最後のあたりは漏れ出る嗚咽に掠れていきます。ああ、とうとう言ってしまった。どうしようもなかったとはいえ、これでわたしの平穏な日常は終わりを告げるのです。先輩に気持ちの悪い女だって見られて、避けられて、ぎくしゃくしたわたしは他の皆とも上手くいかなくて。これからわたしはそういう毎日を過ごしていかなくてはいけないのです。
 あるいは優しい先輩のことですから、このことは胸の内だけに留めて、皆の前では当たり障りなく振舞ってくれるのかもしれません。きっとそうでしょう。それでも捻くれ者のわたしは先輩にそんな無理を強いらせてしまった、歪んだ状況を作ってしまった自身を許しきれる筈がなく、一人勝手に嫌悪を積み重ね、心を傷め続けることになるのです。何て駄目な女なのでしょうか、わたしは。
「今まではよかったんです。いつでも藍華先輩が一緒にいたから、だからわたしはこのおかしな衝動を抑えることが出来たんです。でも今日は、わたしと先輩だけで。こんな駄目なわたしに先輩はすごく優しくて、温かくて。もう、我慢が出来なくて」
 もう、先程までの勢いはとうに萎みきり、口からは泣き言が漏れ出でるのみで。耐え切れなくなったわたしはとうとう声を上げて泣き出してしまいます。喚き散らすわたしの声は、閉じられた世界の中で幾重にも反響を繰り返し、何とも醜い不協和音を奏で始めます。
 終わった。何もかもがおかしくなってしまった。わたしは踏み外してしまったのです。自ら招いた結果とは言え、こうするしかなかったとは言え、しかしこれは少し悲しすぎやしないでしょうか。先輩というかけがえのない人を失い、大切な友人たちともきっとちぐはぐで、そうやってわたしは以前のように途方もなく空虚な毎日を過ごしていくのです。それを考えただけで、とても恐ろしい。堪え切れなくなったわたしは頭を押さえて、とうとう崩れ落ちてしまいます。
「……スちゃん」
 先輩が何か言っていますが、しゃくりあげるわたしの耳には届きません。いずれにせよそれはわたしが聞きたくない類の言葉であるに違わず、そうなのであればとわたしは一層の強さで自らを押さえつけ、拒絶の意を込めて頭を振ります。私事ながら、もうまるっきり手のつけられない子供と大差ありません。
「アリスちゃん」
 先程よりもはっきりと先輩の声が聞こえます。涙で滲む視界に無理を利かせると、その細面がすぐ目前にありました。平素は快気に溢れているはずのその相好はしかし今、憂うかのような面持ちで以ってわたしを見据えています。
 やめてください。見ないでください。こんなに醜いわたしのことはもう、放っておいてください。愛しくてたまらないはずのその顔も今となってはわたしを咎めるもの以外の何者でもなく、それが先輩であることがまた、わたしにとってはたまらなく辛いのです。
 いやです、もうだめですとより一層いやいやをするわたしへついぞ愛想が尽きたのか、先輩は重ねたその手を離します。カタストロフ。自業自得ながら、いざそうなってしまったわたしはいよいよ先輩に見捨てられたような気分になってしまい、一切の虹彩でさえもが黒く崩れ落ちゆくような感覚に襲われました。
 そうして幾許かの間、底辺を彷徨い、途方もない喪失感に包まれていたわたしの双頬をしかし、一度は離れたはずのぬくもりが不意に包みんで。
 ちゅ。
 目尻に。それは触れるだけのような、微かなものでした。それでもわたしはその感触を確かに捉えていて、まるでそこだけが火をつけたかのように熱を帯びます。
「ん……」
 一度距離を置いて顔を少し傾けた先輩は、先程よりも深くわたしの近くまで入ってきて唇を押し付けてきます。突然のことにすっかり呑まれてしまったわたしは目を閉じることさえ出来ず、薄目の先輩がすぐそこでわたしを覗き込んでいるその様を、どこか違う世界の景色でも見ているかのような感覚で眺め続けてしまいます。
 先輩のそれは、最初こそおっかなびっくりといった体の挙動だったものの、やがて躊躇なく啄むようになり、終いには隙間から送り込まれてきた何か柔らかいものがわたしの肌をなぞり上げていくようになって。少時為されるがままのわたし。ようやくして解放してくれたかと思って息を吐いたわたしを見計らったかのような間合いで、しかし先輩は再びやってきました。
 額を、雫が滴る目元を、跡の伝う頬を。得体の知れないわたしの緊張を解そうとしているのか、それら一つ一つを丁寧に先輩はなぞり上げていって。それが堪らないわたしはふるふると身体を震わせながら、何か諸々が詰まったような吐息を漏らしてばかりです。
「ふ……」
 一体どれ程の間をそうしていたのか。感覚が失せては完全にのぼせてしまったわたしをようやく解放する先輩ですが、その瞬間の喪失感ときたら。始まりに理由がなければ終わりもまたそのようなもので、しかしそんなことではこの衝動は一体どうしたものでしょうか。どうにもやりどころがなくなってしまったそんなわたしを、少し熱が引いたような表情で見据えては先輩。
「ねえアリスちゃん、聞いて」
 脳まで弛緩しきったわたしは、言葉をよく吟味することすらせずに頷いてしまいます。
「確かに私は、今までアリスちゃんをそういうつもりで意識したことはないし、女の子が女の子に恋をするっていうその気持ちも、正直なところよく分からないの」
 夢心地を一転、冷や水を浴びせかけられたかのようにハッとさせられたわたしへと、「でもね、」先輩は続けます。
「アリスちゃんのことは私、前から魅力的な女の子だと思ってたよ。可愛い子だなって。私のことを本気で好きだって言ってくれたのも嬉しかった。本当だよ。でも、アリスちゃんは私のせいで頑張りすぎて、泣き出しちゃって。そんなアリスちゃんを見たら、何でか分からないけど胸の奥がキュンってなったの。この気持ちが一体何なのか、目の前で泣いている、私を好きな女の子をどうするべきなのか、分からなくて。このもやもやを確かめるためにはどうしたらいいんだろうって」
 しどろもどろに先輩。言葉足らずなその様からはどうにも話の真意は読み取れず、生殺しのような心境で聞き続けるしかありません。
「そしたらいつの間にか身体が勝手に動いてて、アリスちゃんにその、してたの。ほ、ほんとはすぐ止めるつもりだったんだよ? けどその、アリスちゃんが、すごく可愛くて、柔らかくて、あったかくて。気付いたら私すごくドキドキしてて、夢中になってて……」
 一気にまくし立てては次第と萎んでいく勢いの末、「ああ、なんだ私って、」一転して晴れやかな先輩はどこか憑き物が落ちたかのように、
「なんか私も、もう、アリスちゃんのことが好きになっちゃったみたい……だね」
 頬を微かに彩りはにかんで。それを聞いたわたしは今度こそ本当に大泣きしてしまい、
「わわっ、アリスちゃーん!?」
 先輩は慌ててはひはひ。包み込んでくれる腕の温もりがとても優しくて、伝わってくる心がとても温かくて、わたしはでっかい幸せ者なのでした。


「ただいま戻りましたー」
「ただいまです」
「あらあら二人とも、おかえりなさい。疲れたでしょう」
「ぷいにゅー!」
 夕日も沈みかけようかという頃、ARIAカンパニーへと戻るとアリシアさんの労いがわたしたちを迎えます。
 「生憎、紅茶を切らしていて。コーヒーでよかったかしら?」「はーい、大丈夫です」「わたしはお砂糖とミルク多目でお願いします」「ぷいっ」「はは、アリスちゃんったらかわいー」「な、何ですか藪から棒に。でっかいお世話です」「あらあら、うふふ」先程から先輩はずっとこんな調子で、いつもならとうに面倒くさがって煙に巻いているわたしですが今は不思議と嫌な気がしません。先輩にじゃれつかれている、あるいはわたしがじゃれついているのでしょうか、とにかくそういうこそばゆい感じの空気がとても心地よく、ともすれば周りに思い切り勘付かれそうなくらいにベタベタやってしまいそうで、油断せずいかなくてはなりません。
 アリシアさんが手際よくメーカーとカップを準備してくれているので、わたしと灯里先輩は自ずとテーブルセッティング班となります。アリア社長はいかにも上機嫌といった様子で不思議な踊りを踊っています。共に机上を整理整頓、布巾で磨きをかけていると、突然謳うかのように先輩、
「アリシアさん、私今日、アリスちゃんとすっごい仲良くなったんですよ」
「なっ」
「あらあら、そうなの?」
 いきなり何を仰いますのでしょうかこのピンクは。突飛な行動を起こすのはいつものことと言えど、それにも時と場合と限度というものがあります。この場合はそのどれもかもがミスマッチでありすなわち、その先を述懐した末にはわたしたち、アリシアさんに実に生暖かい目で見つめられ、「あ、あらあら、でもほら私は理解がある方だから大丈夫よ。色々と大変なこともあるだろうけど、二人ともこの先末永くお幸せにね」「ぷいぷーい!」全くもって理解のない対応をされること請け合いでしょう。これはよくありません。どうしたものか、わたしがパニくっている内にも先輩はとっとと一人歩きを始めてしまいます。
「はい! お互いの知らなかった一面を見て、理解を深めるのって、すごく大切なことですよね。そうやってお互いのことをよく知り合って、もっと仲良くなれれば、それはとても素敵なことだと思うんですよ。私は今日アリスちゃんとそれが出来て、とても嬉しかったです。ね、アリスちゃん」
「う、あ……はい」
 先輩が何を意図しているのか、煮詰まらない返事を返すので精一杯です。相当に挙動不審な感じのわたしだったはずですが、幸いにもアリシアさんは、
「あらあら、そうなの」
 淀みなく支度を進めるその様、こちらの方が何を考えているのか分かりませんか。少なくともわたしが危惧しているような考えにまでは至っていないようですけど、どうにも冷や冷やものです。
 わたしは露骨に不機嫌を目で訴えました。暫しアリシアさんと談笑していた先輩ですが、やがて視線に気付くとにんまりと笑みを浮かべて、わたしの耳に手を、そのまま顔を寄せてひそやかに耳打ちをしてきます。
「慌ててるアリスちゃんってすごく可愛いから、ちょっとからかっちゃった」
 そう言ってはとびっきりの笑顔で、天然かと思いきや確信犯でした。やはり油断なりませんこのお方。しかしこちらとしてはとても面白くない。というかちょっと、耳がこそばゆいです止めてください。わたしはますますに頬を膨らませては、もはや先輩を睨み付ける勢いです。
「ふふ、ごめんね?」
 そう言ってはますますに笑みは彫りを深く、
「また今度、お昼の続きをしてあげるから、それで許して頂戴。ね」
 それを聞いたわたしは完全に気勢を削がれたどころか、おそらく足が八本でしたっけ、あのうにょうにょとした海産軟体生物か何かのように真っ赤に茹で上がってしまったことでしょう。頭にカーっと血が昇って、耳まで熱く感じ、まるで頭にもう一つ心臓が出来てしまったかのようです。まともに思考が働きません。
「アリシアさーん、こっちは準備終わりましたー」
「はいはい、こっちも今淹れ終わるから。すぐ持って行くわね」
「あ、手伝いますよ」
「ぷーいぷい!」
 わたしをこんなにしておいて、当の本人どこへやら。どうやらこの先、こんな調子で先輩の尻に敷かれ続けるわたしなのでしょう。が、それにすら別段悪い気がしないあたり、わたしは既にどうしようもないくらいにやられてしまっているのでしょう。
「はい、アリスちゃん。ご注文のミルクと砂糖増し増しコーヒーだよ」
 目を向けると、そこにはとても眩しい笑顔の愛し人がいて。
 やっぱり、それを見ているわたしはすごく幸せで。
 この幸せが。もっと続けばよくて。
「先輩」
「うん?」
 カップを置いてくれた先輩の耳にそっと手を添えます。
「大好きです」
 突然の反撃にわたしとお揃いで顔まで真っ赤にした先輩は、失礼ながらとても可愛らしい女の子なのでした。




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