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2010.02.12 (Fri)

friend(s) Part.1 (旧:けいおん! Part.3)

大変ながらくお待たせしました。詳しくは先日の記事を見て頂くとして、修論ブランク空けの1本目となります。
タイトル通りけいおん!から、キャラは唯と澪です。

少々、楽器的な専門用語が出てきます。前編の更新告知記事を用語解説エントリとして兼用しようと思いますので、何が何だか意味が分からない人はそちらを見つつ進めると便利かもしれません。
ただ、自分自身が楽器や音楽に関して初心者なものですから、本文の内容や解説エントリで間違えたことを書いている可能性も否定出来ないというか、間違えているようなもんだと思いながら怪しそうな項目に関してはグーグルで調べることをオススメします。

ではでは、続きから本編になります。どうぞごゆるりとお楽しみください。

【More・・・】






「はい、唯ちゃん。お茶のお代わり」
「わーい、ありがとー、ムギちゃん」
「はい、りっちゃんも」
「サンキュー、ムギ」
 午後も三時を回った校舎は放課後の活気に溢れ返っている。それはトレーニングに励む運動部が上げる掛け声であったり、あるいはこれからの時間をいかにして過ごそうかと和気あいあいと談笑に興ずる生徒たちであったり、それぞれが取り取りの活動に勤しんでいるようだ。皆が皆、限りある一時を充実させたものにしようと没頭するこの時間帯特有の雰囲気には、どこかこちらまでをもワクワクとさせてくれる力がある気がする。
 方々へと若人たちの夢が広がる最中、さて、対して私たち桜高軽音楽部のメンバーにしてはどうだろうか。やはり貴重な青春の一ページを部活という集いに費やす手前、出来得る限りの情熱やら精を出しては打ち込みたいと常々思って止まない私なのだが、
「んー、この黄色くてまあるいやつすっごく美味しいよムギちゃん。この栗みたいな味のするやつ!」
「モンブランね。唯ちゃんが気に入ったのなら、斉藤にいってまた持って来てあげるわね」
「やったあ、モンブラン、モンブラン!」
 そうして紅茶を一口含んでは再びケーキに取り掛かる唯。
 そんな唯を横目にどかっと椅子に掛けながら足を組み、紅茶を啜る律。
 彼女らに嫌な顔一つせず、むしろ楽しんですらいる様子で配給を続けるムギ。
 両手で大事そうにカップを抱えながら控え目に口付ける梓。
 ――一見すると他愛のないこの光景が展開されているのは本来であれば部としての活動を勤しむために用意されている部室、私たちの場合は音楽室である訳で、そんな神聖な場で悠々自適にぐうたらと。こんなことでいいのだろうか、私たちの青春は。
 かくいう私も無意識の内にカップを傾けていたらしい。気付くと中身のなくなっていた白陶器をソーサーに置いた側から、察したムギが声を掛けて来た。
「澪ちゃんもお茶のお代わり、如何?」
「あ、ああ……それじゃ戴こう、か、な?」
 ついつい自然に受け答えを返してしまいそうな自分へと、今一度思い止まる。「澪ちゃん?」そう不思議がるムギだがちょっとだけ、ほんの少しだけ待ってほしい。
 私たちは軽音楽部のはずだ。本来であれば学校から活動の場として提供されたこの音楽室に篭もっては日の落ちるその時まで、楽器を通じて感性や腕を磨き上げ、互いの技巧に刺激され、よい音を奏で合う。そういう風に毎日を謳歌していくべきはずなんだ。
 だがしかし、現在のこの状況はどうだろう。
 唯や律は致し方ないとしても、当初はそれを口煩く咎めていた梓も半ば諦めムード、ムギにしてはいつもニコニコと皆が楽しそうにしていればそれでよしといったような性格をしているし、そうなると上級生であり、そういう意味では要であろう立場にある私でさえも、今やっとこの点について疑問を持つに至ったという体たらくなのだ。何というぬるま湯、何という中毒。こんなところにいつまでも浸かっていては人間駄目になってしまうに違いない。
 そこまで考えついてカッとテンションの上がってしまった私は、気付くと勢いのままに左手をテーブルに叩き付けていた。
「ど、どうしたんだよ、澪?」
 派手に鳴り響いた音へと皆一様に驚いた様子で、それも無理はない。私としてもどうしてこうもいきなり熱くなっているものかと自身へ問いたくなるくらいなのだけれども、ここで萎んではいけない。一同を代表して口を開いた律へと捲し立てる。
「皆、聞いてくれ。私たちは、堕落している!」
 立ち上がってはそういい放った私を驚いたような、ポカンとした顔で見つめる正面の律、唯。暫しそうしていたものの、やがて二人で顔を見合わせて、にへら。
「いやだって、澪。今更じゃね? うちらいつもこんな調子じゃん」
 律が口を開くと唯もそれに続く。
「そうだよー。少しくらいゆっくりしてもー、時間は逃げていったりしないよお?」
 右と左からそれぞれ危機感に欠けるステレオが寄せられるが、この際聞く耳など持ってはいられない。
「ダメだダメだ、お前たちはまたそうやってだらけようとして。一体どれほどの輝ける時間を私たちは無駄にしようとしていると思う!」
「その通りです!」
 なりゆきを見守っていた梓が立ち上がり、私の手を取る。
「私、先輩たちに憧れてこの部に入部しましたけど、このままじゃやっぱりいけないと思うんです! 澪先輩のいう通り、堕落してはいけません。何かしら行動を起こさなければいけないと思います!」
 可愛い後輩の精一杯の主張を前にものすごく嫌そうな顔の律と唯。ムギは頬に手を添え、「あらあら」と様子を伺っているに留まっているようで、したらばここは押しの一手に限るだろう。
「何か軽音部らしいことをしよう。例えば、そう、作曲! 作曲だよ! このままの調子じゃ次のライブでもまた既存曲ばかりの構成になってしまいそうだし、これを機に新曲を作ることにしよう。文句ないな、二人とも!」
 ナイスアイディアと嬉しそうに飛び跳ねる梓の手を握り締め、どんなもんだと見やる問題児二人はしかし底辺を低空飛行しているかのようなやる気のなさにて、「えー、面倒くさくね?」「モンブラン食べてからならいいよお」ぬかに釘とは全く以てこのようなことを指すのであろう。埒が明かない。
「ムギはいいよな?」
 こういう時のムギは案外とこう、逆の方にいったりすることが多いものだからその点については一抹の不安があったものだけど、
「うん、いいわよ。楽しそう。私も賛成」
 快い返事に満足を覚えつつ、ともあれこれで外堀は埋められた。数の力を前にこのぐうたらたちも拒否をすることが出来なくなった訳だ。
「聞いた通りだ二人共。私と梓とムギの三人が賛成なんだ。多数決で、新曲の作成に関してはこの場にいる皆の総意として取り決めた確定事項とする。早速今日から取り掛かるぞ、いいな!」
 宣言する私を前に、流石にここまでされてはいうことを聞かざるを得なくなったのだろう。立場上、一応は部長である律が渋々と応じる様子を見せたのだが、
「モンブラン食べてからならいいよお」
 相変わらず栗ケーキにご執心な我らがリードギター様には一切の緊張感が非ず、ああもうバンドの華でもあるギターがこんなことじゃ駄目だ。このお馬鹿さんの根性は、これを機に私が一から叩き直してやらなくてはいけない。
「二組に分かれて、それぞれ一曲ずつ、合計二つの新曲を作ろう。期間は今から始めたとして、月末くらいで丁度いいはずだよな」
 私の無茶振りに小さく呻く律で、確かに落ち着いて取り掛かるためにはやや短いと感じるような期間設定なのだけれども、事こいつらに関しては余裕を持って時間を取ってもその間の猶予を無駄に浪費してしまうに違いない。このくらいが丁度いいんだ。
「グループはそれぞれ、私と唯、律と梓とムギの2:3で分けようと思う。異論はないな?」
 迷いなく頷く梓とムギ、渋々といった体で律、そして肝心の唯は、
「モンブラン食べてからならいいよお」
 果てのない頭痛と脱力感に苛まされながらも、ともあれまずは最初の一歩だ。何から何までが不安で一杯だけれども、しかし私たちの正しくあるべき放課後はその本来の姿を取り戻すべく、動き始めなければならない。


 決定がなされてから、それでもある分のお茶とお菓子は美味しく戴いた私たちは早速のこと作曲作業に取り掛かることにした。各々の楽器を手持ち、机の周りへと集合してはとりあえず自由にやってみることになったのだけれど。
「話し合いとか試しの音は、あまりお互いに聞こえない方がいいわよね」
 そう提案して来たムギの言は正しくその通りで、頭の中に浮かんだフレーズをついポンポンと音に出している私たちにしては、一人ならばそれでも問題はないのだろうけども、ギターが二本に、ベース、キーボード、ドラムといった大所帯になるとこれはもう別の話だ。
「そうだなあ」
 こうしてムギと議論を交わしている間にもドンドンシャリシャリと聞き慣れた手癖が派手に聞こえて来るもので、それぞれのグループが一節毎を確認するために合わせて鳴らす程度ならばまだしも、このままでは他方は音の合間を縫わなくてはおちおち会話もままならないような状況だ。
「なあ、唯」
 ギー太に取り掛かっていたところから顔をあげる彼女へ、私は一つ手を打つことにした。
「私たちのグループの作業でさ、唯の家を使うことって出来ないかな? ほら、皆でここでまとまってやっているとお互いうるさくてやり辛くないかなって思ってさ。もし駄目なら仕方ないんだけれど、」
「任せておいて!」
 最後まで聞きもせずに自信満々に携帯を取り出しては、うるさくはないのだろうか。構わず通話を始める唯。憂、という名前が聞こえたところから相手方は妹の憂ちゃんらしい。一言二言を交わしたあとに何をいわれたのだろう、蕩けそうな笑顔を浮かべながら中空に手を振っては、聞いているこちらも融化に巻き込まれてしまいそうな甘ったるい声色を上げ、暫くそうしてから通話終了のボタンを押し込んだ。電話をポケットに仕舞いながらこちらを振り返り突き出される親指。
「憂からオッケーが出たから大丈夫だよ。お父さんとお母さんは伊豆とか確かその辺りに旅行にいってるらしいから今はおうちにいないし、暫く使うことになるかもって聞いたけど大丈夫だって」
 少々の的外れな委細は気になるけれども、ともあれ得意そうに語るその調子が今は頼もしい。憂ちゃんには悪いけど、せっかくの御好意なのだから厚かましくもあやからせてもらうことにしよう。共に聞いていたであろうムギへと振り返ると、やはり抜かりなく把握してくれていたようで頷き一つ。話の早い彼女へと私も会釈で返し、
「それじゃあ私たちは曲が完成するまでの間は唯の家で作業をすることにするよ。何かあれば律にいうか、私たちのどっちにでもメールとか電話をしてくれればいいから」
「うん、分かった」
 ムギの同意を得たところで、各々の楽器に取り掛かっていた律と梓にも同様の報告をすると、特段突っ掛かることもなく了解を頂くことが出来た。梓に至っては、
「私もそう思っていたところです」
 苦笑いをしながらこの機転に感謝をされる程で、いやはや空返事に終始していた部長様とのモチベーションの差たるや甚だしいものがある。この子がいてくれるのならば将来の軽音部も安泰であることだろう。
 ともあれそうと決まれば時間は限られているものだ。唯にも一声掛け、私たち二人は楽器をギグケースへと仕舞い、チューナーやらシールドやら出しっぱなしにしていた小道具もまとめに掛かる。ちらと唯の方を見遣ると、そちらもぼちぼち片付いた頃合いのようで、さて。
「よし、それじゃあいこうか」
「うん!」
 片付けを手伝ってくれていたムギへと一言挨拶し、奥の二人には大きく腕を振るって帰宅を告げる。それぞれ手を挙げて応じてくれるその姿を背に、私たちは音楽室をあとにした。


「お邪魔します」
「どうぞどうぞ、上がって上がって」
 促されるまま家主のあとに続く私。張り切って先導をしてくれるその姿勢は有難いものなのだけれども、どうにも足元がお留守のようだ。乱雑に脱ぎ散らかしたままの唯の分もきちんと揃えて私の横に添える。しかしまあ、妹の憂ちゃんはあんなにしっかりした子だというのに本来そうであるべき姉と来たらもう。こんな唯だからこそあの出来た妹ありきなのだろうか。
 頭の内にて一つ二つと小言を呟きつつ、ともあれ私は前方の背中へと追従する。そういえば、唯の家に来るのはこれが初めてのことではないのだけれども、こうやって二人だけで改まってという状況は今まではなかったことだったなあと思う。
 トントンとストッキング越しの足が床を叩く音が私の目の前から響く。満足に幅のない空間において、更に段差でもあるせいか、普段はそこまで意識することのない彼女の脚のラインがやたらと目に付いてしまう。以前の、あれは正月の時の会話だったろうか、幾ら食べても太らない体質なんだよと冗談めいていっていた唯。いうだけにあってスカートからすらりと伸びた両足には無駄な贅肉など付着しておらず、だからといって不味さを感じるような細り方もしてはいない。同性の私ですらその絶妙なバランスの基に形作られた優美な曲線を前に、触ってみたいだとか、そういうどこか男子めいた欲求、吸い寄せられてしまいそうな魅力を感じてしまう。そう、感じてしまうのだけれど、友人、いや、親友と呼ぶにしても不足ない彼女に対してそれはどうなのだろうか。何とも気不味い心持ちが胸中を埋め尽くすのはきっとそう、この階段がいけないんだ。早く、ここは登り切ってしまわなければならない。
 そうやって急く私の意思に反して、彼女の足取りと時の経過はやけに緩慢で。人知れぬ気苦労を一人勝手に背負い込んでいたこの重荷が解放される頃には、私はそれだけでもう一仕事をやり終えたような気にさえなってしまっていた。
 階段から直ぐのドアを押し込んだ唯が半身になって私を促す。いわれるがままに入室した私はとりあえず肩に掛けていたベースを壁に立て掛けて――本来はあまりよくないやり方なのだけれども今日のところは仕方なく、明日にでも携帯用のスタンドを持って来ることとする――ともあれ一息つく。私がそうしている内にもさっさとケースから愛用のレスポール、ギー太を取り出してはスタンドに安置した唯は再びドアに向かって、
「コーヒー淹れて来るね。澪ちゃんはブラックでよかった?」
「ああ、お構いなく。ブラックで大丈夫だよ」
 「了解!」と退室していく彼女へ、しかし今の私は何がお構いないのだろうか。そもそもを辞する意で用いるのがこの場合はスマートだとは思うのだけれども、ブラックで大丈夫だなんて、おかしな日本語に自分でも笑ってしまう。唯の調子が伝染ってしまったのかもしれない。
 ともあれ些事だろう。一人になったことで若干の手持ち無沙汰を感じた私はケースの中からベースを取り出し、シールドでチューナーへと接続する。今の内に準備だけでもしておくこととする。
 今日のように練習を中断してから一度ケースに仕舞って持ち運んだりすると、チューニングというものは直ぐにでも狂ってしまうものだが、それでも、極稀にぴったりと合ったままにキープされている場合もある。こういう時、手間としてはそこまで変わらないだろうに、何とはない幸せを感じてしまうのは私だけだろうか。
 とにかく私にしては今がまさにそういうタイミングで、四弦から順番に開放弦を弾いてはミュート、弾いてはミュート。そうやって一弦へと推移する間にもチューナーの針がぴたりと真ん中に保たれたままのその光景にどこか満足感を覚えてしまう。仕事に忠実な彼の回答と併せてハーモニクスでも音程の最終確認をし、微調整を図っては、OK。軽く手癖で短いフレーズを鳴らしてみても不自然な揺らぎはないし、身体に伝わって来るボディの響きもいい感じだ。
 本日のエリザベス――唯が勝手に付けた名前だけれども何だかんだで気に入っている私は、それでも皆の前でいってはからかわれること請け合いだろう、心の中でだけこっそりとこの子をそう呼んであげることにしている――はご機嫌麗しいようで、奏者としては頼もしいことこの上ない。
 そうして一通りの手順をこなしてはエリザベスの調律が一段落したところで階段からトントンと、先程と同じく軽やかな足音が聞こえて来る。唯が戻って来たのだろう。私は相棒を壁へと立て掛けて扉を開けてやる。
「わ、ありがと」
「とんでもない、こちらこそ」
 二人分のカップを載せたトレイを部屋の中央に据えられたテーブルに置かれると、室内はコーヒーの澄んだ香りに満たされる。ムギが淹れてくれる紅茶も勿論好きだけど、香りや風味の点からどうやら私はコーヒー党と呼ばれる嗜好に属するらしい。側まで寄って立ち上る湯気を軽く吸い込むと、それだけで意識がしゃっきりとして来る感じがする。
「ちゃんとした豆もあるみたいなんだけど、憂みたいに上手に出来ないからインスタントにしちゃった」
「いや、十分だよ。ありがとう」
 唯がテーブルに座するのを見て、せっかく用意してもらったのだから冷めてしまってはいけない。私も熱い内に戴くことにした。
「忘れてた、今暖房点けるね」
 立ち寄り、やや大きめのハロゲンヒーターを稼動させる唯を横目に一啜り。いかにもインスタントらしい密度の薄い苦味と酸味が口内に広がるが、作業をしつつの片手間に戴くにはこれくらいが丁度いいのかもしれない。身体の表側がやや肌寒いくらいの気温に対して、刺激の強い熱の塊が胃まですっと下っていく感覚に呼応されては作業意欲がそこはかとなく湧いて来るようだ。とても気分がいい。この勢いが無駄にならない内に取り掛かってしまいたい。
「早速なんだけど唯、私たちはどういう曲を作ろうか?」
 立て掛けていたエリザベスを取りにいくついでに背中越し、カップに口付ける唯へと嗜みを邪魔しない程度の調子を心掛けて私は伺ってみた。「んー」暫しの間を考えながら口の中が空になるのを待っているのだろう、二年も付き合うとこの独特の間合いにも流石に慣れて来る。彼女らしいマイペースぶりに、焦ることなく回答を待っていると、
「私は可愛い感じの曲がいいな。澪ちゃんのボーカルをメインにしてね、ぴょんぴょん元気に飛び回りたくなっちゃいそうなやつ!」
「わわわわ、私がボーカル!?」
 しかしその不動の精神もどこへいってしまったのだろう。斯様な提案が実現した光景をほんの少し想像するだけで私の頭は茹で上がり前の軟体動物よろしく、真っ赤に染まってしまい、情けなくも焼き切れも同然の体たらくとなってしまう。
「私がボーカルなんてもう、ほら、今までのやつだけでも十分だからさ。やっぱりここは唯がやるべきだよ」
「えー。澪ちゃんのボーカル、かっこいいし可愛くて好きなんだけどなあ」
 可愛いだなんてそんな。いや、おだてたって何も出ない、この手に流されてはいけない。到底承服し難いこの問題についてはその矛先を逸らすことへとまずは尽力しなくてはいけない。
「唯の方が可愛いし、上手だよ。だから、ね? 今回は唯をメインに据えて考えようよ。ね?」
 半ば泣き付くような形で私。そんな様子を見やり、頬に手を添え何やら思案していた唯だったが、
「うーん、分かった。じゃあ私たちの持ち分については、私がボーカルってことで手を打つよ!」
 そうして携帯を取り出す唯。暫くポチポチとやっては、何かしらメールを送信したらしい。それきり折り畳んでは机の上に置いてしまった。
「誰に送ったの?」
「りっちゃんに」
 嫌な予感がする。
「何て?」
 唯は、応える代わりに再度携帯を割り開き、先程のメールの送信履歴を見せてくれた。

『 Subject:りっちゃんへ

  本文:こっちのグループでは私がボーカルを担当することになりました。
     そちらのグループでは澪ちゃんをボーカルにした曲をヨロシク! 』

 目の前が真っ暗になるかのような、とはこういうことを指すのかもしれない。先程の一幕で既に地面にへたり込む形になっていたのは幸いだった。大切なエリザベスに傷なんて付けてしまってはそれこそ事だ。ゆっくりと壁に背を預け、私は脱力をするのだけれども、しかしまあ、どうしたってまた、こんな。
 ぐるぐるとマイナスの側へと落下を続ける思考なのだが、それでもほら、まだ分からないんじゃないかな。向こうにしても既に唯のボーカルを前提とした曲調を考えていてもおかしくはないかもしれない。メールを見た彼女らは今更そんなこといわれても、ってそんな感じの流れになっているかもしれない。そうしたら私は心置きなくこの窮地を辞することが出来る訳なのだ。
 そうしてそれは一見誰も彼もが幸せな構成に思えるものだが――まあ、実際のところ私にだって分かってはいる。ああそう、分かってはいるのだ。それでも願うだけならば自由じゃないか。物事をなすためには何にせよ大なり小なりそれなりの準備が必要なもので、私の場合の準備というやつは今、心の平穏を保つという作業が該当する。そうやって不可欠な仕事をこなしつつも、その上で何かしらポジティブな属性の副産物的なものだとか結果が落ちて来たり拾えたりしたならば、それはとても幸せなことだと思うんだ。
 望む時に訪れる幸運など基本的にはないものだとは思うけれども、ひょっとしたら万が一というやつがあるかもしれないし、今回に限っては切に起こってほしいと願う次第で。本当にもう、どうかそうであってください。
 そんな具合ですがるには余りにも細い綱へと希望を託している私の手元で携帯のアラームが鳴り響く。突然のことにびくりと肩を震わせてしまう。
「あ、りっちゃんからの返信かな」
 私から携帯を受け取った唯は手馴れた操作で受信フォルダを確認する。内容を一瞥したのちに頷き一つ。
「はい、澪ちゃん」
 果たして、納得顔の唯から手渡されたディスプレイに映されていた文面は。

『 Subject:合点承知之助!

  本文:こっちは最初からそのつもりでやってたよ!
     澪にもよろしくいっておいてなー 』


 かくして唯がいうところの、『ぴょんぴょん元気に飛び回りたくなっちゃいそうな可愛い感じの曲』の作成はスタートした。私たちはノートとペン、それと空になったカップが置かれたテーブルを囲んではそれぞれの楽器を抱えて座り、イメージを膨らませる。
「まず、曲全体の構成をどうするかだよな」
 こうなっては開き直ってしまった私は一層のやる気を以って取り掛かることとした。どうせ悪くなるなら悪いなりにも足掻いてやろうじゃないか。半端なのはいけない、いけるところまでいくのがもはや今の私に残された最後の道ではなかろうか。
 そうすると、コードの進行やら何やらと細かいところも追々は考えなくてはいけないが、まずは曲の全容を朧げにでも決めていくべきだろう。
「全体の構成かあ……」
 そういっておもむろにシャーペンを手に取る唯。いかにもそれらしい、丸っこい字でノートへとペン先を走らせる。綴られていく文字を追っていくと、

『 イントロ → サビ(ジャジャーン!) → 間奏 → メロ → サビ → 間奏 → メロ → サビ → みんなのアピールソロタイム → サビ → アウトロ → おしまい♪ 』

「こんなのでどうかな」
 唯はにっこりとしながら仕上げを施し、書きたての紙を立て掛ける。最初のサビの上に書かれたジャジャーンが無駄に色付きの強調吹き出しだったり、おしまいのあとの♪マークもオレンジ色でアクセントを付けたりと、いかにも女の子らしい紙面に仕上がっていた。
 体裁はさておき中身の方もよさそうだ。曲のコンセプトからしておそらくアップテンポな曲調になるだろうし、サビから入ってインパクトを強くすれば最初からいい感じに乗せることが出来る気がする。
 残りの項目も割とスタンダードな配置だし、大きな問題はないと感じるのだが、一つだけ気になる点があり、やはりこれは見過ごせたものではないだろう。
「なあ、他の場所はいいと思うんだけど、この『みんなのアピールソロタイム』って何だ?」
 二番のサビのあとと来たら少し長めの間奏が入りそうなもので、おそらくこれが該当するのだろうと思う。そうやってある程度の推測は出来るのだが、他の場所が『間奏』となっているのに対してここだけがそうではないことに説明が付かない。不思議そうにしている私へと唯は得意げな調子で語りだす。
「今までの曲のソロパートって基本的にギターだけだったからさ、澪ちゃんとかにもソロをやって目立ってほしいんだ!」
 そうやって息巻く心意気は有難いものだけれども、しかし目立ってどうのこうのという下りは私にとって過分なことこの上ない。私はベースらしく縁の下から皆を支えられれば万事それで十分なのであって、加えてそれこそが自らの楽器をベースと定めた所以でもある。自ら先頭切って前に出るだなんてそんな、私には荷が重過ぎるというものだ。
「いやでもさ、せっかくの申し出なんだけどさ、ほら、ベースとかリズム隊が目立ってもどうかなって思うんだ。今まで通り唯のギターでソロをやればいいんじゃないかな。うん。私はそれがいいと思うよ」
「そんなんじゃダメだよ!」
 がばっと肩を持たれては本人は精一杯に厳しい顔をしているつもりなのだろう、それでも微妙に迫力に欠くあたりが唯らしく、ともあれそんな微妙な面で迫られた私はあれこれと考えている内に押すにも引くにも半端な間合いとなってしまった。
「今まではよく分からない内にそういう感じの曲になってたけど、澪ちゃんとかムギちゃんとか、それとあずにゃんも。私よりも上手なんだからそれを活かさないと!」
 押し黙っていた内にも語られてしまう形となった私。だけどその理屈でいくと、
「律は?」
「りっちゃんはオマケです!」
「くっ……」
 間髪入れずに断言する彼女がおかしくて堪らない。我が幼馴染ながら何という酷い扱いだろう。うっかりと頭の中に不憫なおでこを思い浮かべてはまた笑いのツボに入ってしまった私で、全く唯と来たら、こんなことをされてはあくまで頑なに渋っていた自分が馬鹿みたいじゃないか。
 そうして一頻り笑い倒してみると、さっきまでやると決めたくせに些細なことでうだうと悩んでいた自分がとてもちっぽけな存在に思えてしまえるから不思議なものだ。こんなに適当な唯だってステージ上ではあんなに立派な演奏をするんだ。それなら、私にだって出来そうじゃないか。
「分かったよ、やろう。皆にそれぞれワンフレーズくらいのソロパートを作ってもらって、それを間奏として順番に演奏するような感じでいいんだよな」
「うん!」
 同意を得られたのがどれ程嬉しかったのか、満面の笑みで頷く様を見ていると悪い気はしない。いずれにせよ私から持ち掛けた提案なのだからこの際だ、とことんまで付き合おう。それに、これを機に自分でも厄介だと自覚している上がり症のきらいが漸減していってくれればそれに越したことはないじゃないか。
「それじゃあ細かいところもどんどん決めていこう。絶対あいつらよりもすごい曲を作らないとな。頑張ろうな」
「おー!」
 普段から調子にムラのある彼女だが、しかしどうしたことか今日は一段と頼もしい。律たちには人数では負けているけれど、唯と二人でなら決して劣ることのない良い曲が作れるはずだ。
 私は改めてエリザベスを構え直す。さあ、気を入れ直そう。無限に広がる音の波から私たちだけの特別を手探りで辿るような、そんな果てのない旅のような営み。ここからが本番だ。
 まるでおっかなしいような手付きで。しかし私に出来ないことを唯が、唯に出来ないことを私がカバーすれば無理なことなんてないだろう。
 頼りにさせてもらうよ、唯。
 そうして私はエリザベスの4弦は5フレットを押弦、気の向くままにAの音を爪弾いた。


 その日の作業は効率よく進んだ方だと思う。頭に浮かんだリズムで使えそうなものがあれば一つのフレーズとしてまとめて、唯のギターで簡単にコードを乗せてもらう。納得のいくようなものであれば紙に一つの案としてメモをして、そうでなければもう一度練り直し。そんなことを私は繰り返していた。
 対する唯は、ギターのメロディにしたいのか、あるいはボーカルのそれなのだろうか、浮かんで来た音を次々と指で形にしては軽くウットリとしていたり、あるいはギターなんてそっちのけでふんふんと鼻歌を流していたり、傍目にはどうなのか判断のつかないような様子なのだけれども何だかんだでそれなりのラインを作ってくれている。そう、作ってはくれるのだが、
「頭の中に入ってれば大丈夫だよお」
 気分屋な上に筆不精なもので、その様子が心配で堪らない私は唯の分までメモをまとめておいてある。備えがあれば憂いも少なく上がるというもので、唯にこの仕事が出来ない以上は私がやるしかないだろう。二人三脚でいくと決めたからにはぶちぶちいってはおられず、唯の感性を活かすためにもこれがおそらく最良なのだろうと思う。
 ともあれそうして過ごした数時間、気付いたら相当に熱中していたらしい。カーテンを閉めずにいた窓から外を見やると、空は既にその身を茜から宵闇へと移そうかといった頃合だった。
 私はエリザベスを身から離し、唯のベッドに立て掛ける。一つ伸びを入れると背中のあたりから全身に掛けてじわじわと血が巡っていくようで、そんな感覚に併せて張り詰めた気も次第と弛緩してゆく。
 よい仕事をしたあと特有の開放感というか、どこかそういう気持ちのよいものが全身を駆けていくようなこの感覚はいつになっても劣化することはなく、私を充実した気持ちで満たしてくれる。
 私はそのままベッドへと背を預け、端際を枕代わりに目を瞑る。脳が新しい酸素をほしがっていたのだろうか、自然と出た大あくびのあとに大きく吸い込んだ空気は自分の部屋のそれとは違った味をしていて、ああそうなんだ、ここは唯の部屋だったんだと改めて認識をさせられる。
 頭はベッドに乗せたまま、唯がいる方とは反対方向に首を回す。シーツに近くなった鼻をスンスンと小さく、あくまでも部屋の主に気付かれないように気を付けながら利かせてやると、私の小さな鼻腔から頭の中に掛けては大半の甘さと、少々の酸っぱさが入り交じった空気で満たされるのだ。
 やってしまってからしかし、どうして私はこんなことをしたのだろうか。事も果ての段となってから湧き上がって来たのはそもそもとしてこれを行動に移してしまった単純で愚かしい好奇心に対しての悔恨と、それに随する形で、毒を喰らってしまった自分に対する遅れながらの焦燥感であり、しかしそれら焦りもやがて排し難い甘美に取って変わっていくのだ。
 毒はじくじくと私の中のロジックを組み換え、やがて苦味はクセのある、いや、クセになる甘味へとシーケンシャルに置換されていくのが知覚出来る。抗おうにも立ち上がる毎にそれら一つ一つを途端に律していく唯のそれは、一度嵌ってしまうとどこまでも絡み付いて沈み込ませようとする泥沼のようなところに立ってしまったかのような、そんな錯覚にさえ陥る。
 退廃だとかそんな大それたいい方はどうかと思うけれども、明らかに斯様な方向へと向かっている自身を理解しつつもしかし打つ手がなく、ただその様を傍観しているだけのようなこの感覚、一体どうしたらいいのだろうか。
 このままでは唯が様子のおかしい私に気付くのも時間の問題に違いがなく、何とかしなくてはいけないのだが、それでも私の頭はどこか靄掛かった態のまま、浅い息を繰り返すことしかしないのだ。起きなくてはいけないのにどうにもそれが出来ないあの朝の感覚に似ているなあと、どこか他人事のようなところに逃避の場所を確保していると、ノックののちにガチャリと、今暫く聞いていなかった感触の音が響く。それが部屋の扉が内側に開けられる音なのだと気付いた瞬間、何かしらの途轍もないエネルギーが生まれた私は、その反動で以ていよいよこの窮地を脱することが敵った。
「お姉ちゃーん、おやつ持って来たよ」
「おやつ!?」
 脊髄レベルの反射を見せる唯へと苦笑いを投げつつ、今の私にとっては救世主といっても過言ではない彼女の手元を見やるとしっかりと二人分が用意されてあって、いやはや恐縮なことこの上ない。
「お邪魔しています、憂ちゃん。でもこんな、突然押し掛けてご馳走までしてもらって」
「有り合わせですから。気にしないでください」
 そうやって憂ちゃんは裏表のない可愛らしい笑顔を浮かべる。唯とはまた違った形なのだけれども、魅力的という点ではどちらもよく似た姉妹だなあとついついほっこりしてしまう。
 ともあれ二人分の小皿に分けられたクッキーと紅茶の入ったカップをテーブルに置いて、代わりに私たちが使ったマグカップをお盆に載せて。こういう子だとは分かりつつも、こうまで至れり尽くせりな環境にはどうにも慣れない。果たしてこんな待遇を毎日継続されたのだとしたら成程、唯がこんな風に育ってしまうのも頷けてしまうかもしれない。
「それじゃあ私はこれで。ゆっくりしていってくださいね」
 最後までそつのない憂ちゃんに感謝の意を捧げながら、せっかくの振る舞いなのだし戴くことにしよう。そもそも唯に関しては私と憂ちゃんが話している時から既につまみ食いをしていたようだし。
「相変わらず憂ちゃんはよく出来た子だなあ」
「でしょお」
 暗にお前はどうなのかと問うたつもりが、効果は今一つのようだった。この辺は流石に唯とでもいうべきだろうか。全く仕方のないことで。
 ともあれ憂ちゃんの淹れてくれたお茶のお陰で先程までの異常はどうにか脱することが出来た。甘過ぎず嫌味のない上品な味のクッキーを齧りながら、それにしても一体あれは何だったんだろうなあとやはりどこか他人事のように想いを馳せながら、ともあれ今日はここまでだろう。私はエリザベスをクロスで磨きながら仕舞うこととした。
 ピックアップの周りは汗が浮きやすいから特に入念に、弦はボディを拭いたのとは別のクロスに弦用の潤滑スプレーを吹き付けて仕上げる。一通りの所作を終えたら演奏に支障が出るような弦の錆やネックの反りがないものか確認しては、OK。出した時同様、ギグケースの中へと丁寧に相棒を収納する。
 そうして私が片付けながらだったものだから、ひたすら食う、飲むに終始していた唯の皿は既に空っぽになっており、さてようやっと一摘みといったこちらの手元をそれはもう物欲しげに見つるのだ。いやはや分かりやすいやつである。
「私の分も食べていいよ」
「えっ!?」
 そちらばかりに気を取られていたものだから私に声を掛けられて驚いたのだろう。いかにもびっくりしたといわんばかりの様子でこちらを伺い、居直り、またこちらへ伺いを立てて。欲望と理性との間で気まずげに表情を揺らす彼女のおかしいことといったら。
「あんまり美味しいもんだから、私が食べ過ぎると太っちゃいそうだよ。唯が一緒に食べてくれるくらいで丁度いい」
 「でも……」といつになく遠慮がちな唯にいいから、と今一度勧めてやるとようやく手に取り始める。幸せそうに口へ運ぶその様子を見ていると、おそらくは憂ちゃんが唯のために作っておいたものだろうし、あるべきものがあるべきところへといった具合に、やはりこの方が落ちがよい気がする。私としてはその微笑ましい光景を嘉肴としながらお茶を、というのは些か年寄りじみているだろうか。
 そうやって唯と囲むテーブルはしかし、何とはなしに気の安らぐ一時になっていたのである。


 唯の家で作業をするようになってから、早いもので既に数日が経過していた。
 互いの楽曲の内容については秘密にするような、内緒ごとを楽しむようなそんな暗黙のルールが現在の私たち軽音部にはあって、お陰様で律たちのグループが作成している曲に関しての情報はほとんど耳に入って来ない。それでも話を聞いている限りには作業の方は順調に進んでいるようで、それもそうだろう、何せ向こうには経験豊富なムギと梓がいるのだ。おそらく私たちのヘルプなしにしてもしっかりとしたものを作って来るに違いない。
 そちらに関しては大丈夫だと思う反面、やはり心配すべきは私たち自身のことだ。現状でも決して悪いペースでないとは思うけれども、だからといってうかうかしていてはあとから焦って詰め込む羽目になりかねないだろう。いい出しっぺの私がそれでは格好が付かないし、それに、いい意味でも悪い意味でも今の私の相方は唯なのだ。好不調の波の激しい彼女のこと、その辺も計算に入れては余裕を持ったスケジューリングをしていくのが無難というものだと思う。
 そんな訳でサビとメロの基本的な進行がほぼ完成していた本日のこのタイミング、そろそろ一息を入れたいなあと思うところではあったのだけれども、私事ながら勤勉なことにいそいそとソロパートのフレーズ作成や既成の構成についてケチを付ける作業を続けている訳だ。何せ一日を置いてから改めて取り掛かってみると、新たな切り口や観点からそれまでにはなかった違和感やアイディアに気付いたりするもので、こうやって地味な手戻りを繰り返して細かな改良を重ねるのも大事な、少なくとも私にとってはそういうステップなのである。抜かりなどしている余裕はないし、今もサビのラインについて確認を繰り返しているところだったのだが、「ね、ね、澪ちゃん」テーブルを挟んでは各々で作業をしていた唯から不意に声を掛けられた。
「サビのそのフレーズなんだけどね、私の方は歌いながらやらなくちゃいけないから簡単なコードしか鳴らせないんだけどさ、澪ちゃんのベースはうーんとね、なんていうのかな、もっとこうぽんぽんって弾む感じで自由にやってもいいと思うんだ」
 ぽんぽん、とか自由に、とかいわれてもさてどうしたものだろうか。相変わらず独特の言葉選びをする彼女に対して私ははてなマークを隠しもせずに顔へと出してしまっていたのだろう。そんな私の様子を見てか、唯が補足を続ける。
「リズムはそのままでね、うーんと、ここと、ここだから、1度、3度、5度って進む形になるのかな、音を跳ねさせるような感じで、そう、そういう感じ! コードが変わる時は元の場所に戻って来て、また同じようにアレンジしていく感じで……」
 ギー太を使いながら説明をしてくれる唯のいう通りに音を奏でてみると成程、単調だったベースラインが途端にメロディアスなフレーズに早変わりする。少しばかり運指が難しいけれども、許容範囲内だろう。確認の意味も込めて数度の反復をしている内に、やがて唯が私のリズムに合わせてコードを乗せて来る。途端に乗って来たグルーヴに機嫌を良くした私は思わずエリザベスを抱えたままに立ち上がり、それでもやや控え目に足と頭でリズムを取っては反復を続ける。それとなく目配せをすると、そうだ、唯が黙っている訳がないだろう。私と同じようにギー太を抱きかかえてはすっくと立ち上がり、私よりもやや大仰な振りでコードを重ねる。
 唯はただ単純にコードを鳴らしているだけ、私にしても今出来たばかりのアレンジを繰り返しているだけ。そう、たったそれだけのことなのに。初めての合わせだというのにどうしてこんなにもマッチするのだろうか。サビの始まりから終わりまでを流すとまたどちらからともなく視線を絡ませ最初に立ち戻り、生まれたての、世界で私たちだけが知っている、私たちだけの旋律を再び奏で始める。
 楽しい。
 何度も何度も、いつしか私たちはそのルーチンに夢中になって。何度も何度も、指板へと指を躍らせる。次第に速度を増していくビート、無意識の内にも一体どれほどの回数を重ねていたのだろうか。やがて指に疲れを感じた私が音を止めると、釣られる形で唯も終了する。
 自然と上がっていた息。やや紅潮しているであろう頬で互いを見合う私たち。
 拍がどうだとか、コードの進行を確かめながらだとか、そんな野暮ったいことを考えるまでもなく指が勝手に動いては音を紡ぎ出していく不思議な感じ。一日の内にそれを呼び出そうと何時間もまとまった練習をして、それでもそういうタイミングの来る日があれば来ない日もあるという微妙な感覚なのに、今この瞬間にそれが到来してしまったという、何というべきだろうか。言葉では上手く表現出来ないのだけれども、とにかくとても貴重なこの感触。
 加えてそうだ、私だけではなく唯にしてもおそらくそういうところまでいっていたような気がした。耳に届いて来る音の味がまるで普段とは違う質になっていたような、そんな錯覚を受けるような旨い音。私と同じく、本来ならば容易には届き得ないところへと二人で共に飛び込んでいったような一体感が確かにそこにはあった。過去のライブや練習を通してみても今日のそれに近いものなど、数えられる程にしかなかった気がするのに。
 この高揚した気持ちをいかにして表したものだろうか。いいたいことや伝えたいことが多過ぎて、逆に振る舞い方が分からなくなってしまっているそんな私を前に唯が一歩踏み出し、
「……ロックンロォール」
「ぷっ!」
 何とも神妙な顔付きで、やはり貫禄など欠片もなくいい放つのだ。腹部から逆流して来た空気を抑えることの適わなかった私は、至って真面目な唯に悪いと思いつつも我慢など出来ようはずもなかった。
「えー、何それー! せっかく決まったと思ったのに!」
 可愛い顔でぶーたれる彼女には申し訳ないがしかし、これは仕方のない反応じゃなかろうか。確かにすごかった。私たちはロックをしていた。だがしかしそんなにもすごかった何もかもを台なしにしてしまう、そんなところまでもが徹底してロックンローラーな唯にはとてもじゃないが敵わないというものだ。
「もー澪ちゃんってば!」
 唯が何かいう度に一々おかしくて仕方のない私はそこをまた咎められ、そんなやり取りがまたおかしくて仕方がない。一頻りそうした茶番を楽しんでからようやっと落ち着いて来た頃合で、それでも笑いそうになるのを必死に堪えながら彼女へと詫びを入れ、ひとまず落ち着いてから仕切り直さなくては。唯はともかくとして私がままならない。
 とっくに空になっていたお互いのマグカップに粉を入れて、私が通うようになってからは同じく部屋に備え付けるようになっていたポットからお湯を注ぐ。適度な湯量で中を満たしたらば、先日からブラックでしか飲まない私の面倒を考えてスプーンは一つしか持って来ていない。唯の方に入っているものでそれぞれをかき混ぜて、スティックシュガーを一本添えては不満げな顔の彼女へと恭しく差し出す。
 「もお、仕方ないんだから」とか何とか、ぶつぶついう割には先程よりもうやむやな感じで砂糖を入れるその様子からどうやら気勢は逸らせたらしい。やや仏頂面な彼女を横目に私もまずは一口戴くこととする。
「いやでもほんと、良かったよ唯。サビはシンプルな方がいいかなって変に思い込んじゃってたから、私だけじゃああいう発想は出てこなかったと思う。ありがとう」
 スプーンでカップをかき混ぜる唯をヨイショする意が半分、それでも半ば本音で感謝の言葉を伝えると、「と、とんでもないよ私の方こそ!」とむしろ恐縮してしまうような彼女のこういうところについて、根はやっぱりいい子なんだよなあと改めて思う。それ以上に残念なところが多過ぎて諸々が相殺されてしまっているのが本当に勿体ない。心からそう思わずにはいられない。
「ベースってほら、フレットの間が長いからちょっと難しいかなあって思ってたんだけど、やっぱり澪ちゃんだよね、簡単に弾いちゃった」
 「指も長いもんねえ」かき混ぜる手を休めて私の方へと腕を伸ばした唯は、カップを持っていない方の手を取り撫ぜ撫ぜとやり始める。
「わわっ、澪ちゃん指の先っちょ、すごい固くなってる!」
「そ、そりゃまあ毎日練習してるからな」
 唯の両手に包まれては手の甲やら平やら指先やらと撫でたり揉まれたりしている右が、どうにもこそばゆい。私より少しだけ体温の低い肌が表面を摩擦していく度に、こういう接触に私が慣れていないからだろうか。特段気にするべきことではないと思っているのだけれども、むずむずとした感覚をどうしてか意識してしまう。また、あのベッドの時のようなものなのだろうか。
「あ、でも手の平とかは柔らかいんだね。ぷにぷにー」
 私の手の平を自分の方へと突き出させるような形にして、指先で突付いたり摘まんだり、平と平とを合わせたり。無邪気な彼女の笑顔が手の先から丸見えになるような位置関係に対して、ああ、この感情については間違いがない。私は照れくさいと感じてしまっている。
 例えば今の唯のようにストレートに向けられる好意というのには未だに慣れないというか、私のような消極的なやつが人からそんなにも好かれるだなんてちょっと考えられないようなことだし、あったとしても今までは律くらいなものだろうか。梓のように、私が楽器を通して積み上げたテクニックやらそういうものに対する憧れだとか、尊敬だとかを表してくれるような子は確かにいたように思う。私の自惚れでなければこれは間違いのないことだろう。
 でも、そういう二次的な属性の入り混じった感情ではなくてもっとシンプルなところから来る好意とでもいうのだろうか。単純に可愛い、好き、心地いい。今の場合だと柔らかい、になるのか。ともあれそういうものは、ある程度の狭い範囲ならば努力や何やらで補うことも出来なくはないが、大半が生まれ持って天から授かったものだとか、あるいは後天的だとしても容易には変え難いような属性のものであるとか、斯様な類のものだと私は思うのだけれども、そういう限りなく唯一無二に近い私だけのアイデンティティのようなものを認められるというのは、こそばゆさも先立つけれどもそれ以上に嬉しさを感じるものである。何せ、なかなかになし難いことなのだから。引っ込み思案を自覚する私だからこそ、そういった思いはまた一入になるのかもしれない。
 そんなこんなと小難しいことを考えながらも未だ私の手を弄り続ける唯を見遣っていると、ふと指の隙間越しに彼女の大きなまん丸い目と目が合って。
「えへへ」
 しかし駄目だやっぱりどうにも照れくさい。唯はどうしてこんなことが平気なのだろうか。ひとまず逃げよう、そう思って頭の中の甘味を飛ばすためにと無意識の内に啜ったブラックも、何故だかいつもよりとても甘く感じられたのだった。


 唯流のアレンジを加えたサビのパートやメロパート、更に曲の流れを鑑みて追加したソロパート後のCメロも大体の骨子が完成して来たそんな日頃、私たちはいよいよ作業の大詰めとして間奏パートとソロパートの製作へと勤しんでいた。
 ソロというからにはそれなりにテクニカルなフレーズでオーディエンスを魅了したいと思うのは私だけに限らず世の中の奏者のほとんどが考えるシーンの一つであると思う。しかし演奏の難易度を上げることが良質なサウンドに直結するかというと決してそんなことは非ず、しばしば自身の演奏テクニックを顕示することに執着するあまりに、一つのフレーズとして見てみるとどうにも不味いものに仕上がってしまっている、そんな本末転倒な楽曲を耳にすることもよくある。
 私としてはシンプルだろうが簡単なものだろうが、私たちの演奏を聞いた人の耳や心に残るような曲を作りたいと思うし、そのためには格好だとかそんなものよりも実益、とでもいうのだろうかこの場合。とにかく体面よりも実際の音の旨さを重視したいと思う訳だ。私が担当するベースパートについては性質上、その傾向はより顕著になるだろう。
 そうやってあれこれと、朝から堂々巡りを繰り返しながらも音を探し続けていた私と唯であったのだが、本日は土曜日ということもあり追い込みの意も兼ねて、一日中を掛けての作業をすることを約束している。
 私たちは基本的には各々が好きに仕事をするような、互いに互いの進行へと干渉をし過ぎないようにするスタンスを採っており、午前中の私はその時間のほとんどを既存構成の確認と改良、加えて申し訳程度に未完成部分のフレーズ開発に努めていた。
 唯に関しては相変わらずふらりふらりとやっていたようだけれども、理詰めだとかそういう観念に縛られていては出て来ないような彼女の自由な発想を活かすためにはこれが一番だとここ数日の作業で確信した私は、特に窘めることもなく自由にさせることにしている。小難しいことは私がやって、唯には伸び伸びとやってもらうのがこの場合は最善であって、適材適所というやつなのである。
 集中して作業をこなしているといつの間にかにもうお昼時で、悪いと思いつつも階下から私たちを呼びに来た憂ちゃんにお手製のサンドイッチを振舞われては相変わらずの出来栄えに舌鼓を打ちつつも、
「頑張ることも大切ですけれども、あんまり無茶はしないでくださいね」
 傍から見るとやはりそれなりに詰めているように見えてしまうのだろう。彼女の助言を有難く受けて美味しくお昼を戴いたそののちを少々の休憩とし、それでもやはり全日をまるまると使えるせっかくの休日なのだから、いつまでも休んではいられない。数時間後にティーブレイクを約束して食卓を辞した私たちは、唯の部屋に篭って再び作業へと取り掛かかることとした。
 今私が手を付けている、午前の内にある程度進めていた間奏パートに関しては、ギターはシンプルなコードのストロークを行うのみに留めて、主にベースでメロディを作っていくことにしていた。
 大雑把な発想としては高い方から音を下らせるようなフレーズを繋ぎ、低い方をゴロゴロと転がしてはいい具合のところで締めようといった具合の方針を打ち立ててはいたものの、どうにも今一つパンチが足りないような気がしてならない。やり過ぎもいけないけれども、もう少しだけ派手目な感じにはしたい感じもするし、どうしたものだろうか。
 そのあとも一人あれこれと悩んでみるが、なかなか浮かばない。これではいけないだろう。私は駄目で元々のつもりで今の状況を唯へと説明し、意見を伺ってみることとした。
「うーん、インパクトを出すようなイメージかあ」
 両手を組んで大仰に首を捻る唯で、彼女ならあるいは、と思っていたものだけれども流石にそうポンポンとはアイディアは出て来ないものだろう。急かしてもいけないし、唯には少し考えてもらってその内にでも私が何か思い付けばと現状の未完成の進行を何度か繰り返していると、何かを閃いたのだろうか、口元で手と手を合わせた彼女はそれでも今一度考える仕草をしたのちに改めて口を開いた。
「同じ音が何回も続くところには、オクターヴ一つ上の音を混ぜてみたらどうかな」
「オクターヴの?」
 「そそ」ギターを担いで私が演奏していたラインを再現する唯は、そこが気になるのだろう、問題のポイントを何度か自分で繰り返して確認する。
「ここさ、最後のところで三回同じ音が続くところがあるよね。ここのうしろ二つをオクターヴ上にするとまた雰囲気が変わると思うんだ」
 唯にいわれた通りに音を再現してみる。ギターとベースとではまた聞こえ方が違うものだからどうかと思ったけれども、
「うーん、悪くはないんだけどどうにも間延びするっていうか」
 だらだらと音の延びる感じがリズムの締めを悪くてしている気がする。試しに両方ともスタッカートで演奏してみると、これはこれでフレーズの連続感が全くなくなってしまってぶつ切りなイメージが先行してしまっている気がする。だとしたら先の方にだけスタッカート、うしろの方をそのまま延ばしてみるとどうだろうか。
「おっ、少しそれっぽくなった!」
 身を乗り出して来る唯がいう通り、確かに先程よりはよくなっている気がするのだけれども、もう一声。何か妙手はないものかと考えながら一弦に触れた指が弦を引っ掛けて軽く持ち上げてしまった。いつもとは違ったアタックの音が鳴り響き、そこで私はふと閃く。そうだ、これがあったじゃないか。
 直ぐ様私は出来たてのフレーズを紡ぎ出す。そうして問題の締めの部分、オクターヴの下の方は普通にフィンガーピッキングで処理して、上の方の二つ。音の長さはさっきのままに、私は親指で素早く一弦を二度叩き付ける。俗にいうスラップ奏法というやつである。立ち上がりの鋭いスラップ音が実音を修飾しては小気味の良いアタックが得られるテクニックだ。使い過ぎは問題だけれども、今回のこの場合に限っては、
「これだな」
「うん、すごく良かった」
 正解だったようだ。リフとリフの間にアクセントを持たせてベースの存在感をそれとなくアピールするには丁度良い塩梅に感じた。だとしたら、間奏パートの締めの部分もこのノリでやってみるとどうだろうか。連続した音の尻の方をオクターヴ上の音に置換して、更にスラッピングでやってみる。
「おおー、すごい、すごいよ澪ちゃん!」
 もう一度、今度は鏡を前に同じフレーズを鳴らしてみると、音もさておき一弦のプルアップが混ざることによって視覚的にも良い効果が得られている気がする。唯ではないが、思わずうっとりと浸りたくなるような良い感じのまとまり具合だ。
「うん、さっきよりも大分完成度が高くなって来たな」
 忘れない内にと出来上がったフレーズをメモに残して一通りを書き終え、それからまた暫くフレーズの確認の意を込めて反復をしてみるけれども、よし。単なる思い付きに非ず、完成品としても耐え得るものだろう。
 ようやっとだ。大きな問題が一つやっつけられたなあと余裕が出来ると、それまで意識の外側に追いやっていた疲労感がどっと押し寄せて来た気がする。実際に朝からご飯の時間以外のほとんどを楽器と紙とを睨めっこで過ごしていた私たちで、私はともかくとして唯は普段からそんなに継続して出来る方ではないだろうし、無理をさせていたかもしれない。
 思い至っては彼女を見遣ってみると、やはり気を張っていた私に気を遣っていたのだろうか。そういう意味ではらしくない様子で今も自分の方の仕事に取り掛かっており、これはこれで人間としては正しい姿であるのかもしれないのだけれども、どうにも唯は怠惰な具合にだらけている姿がしっくり来てしまうのは二年間の内にゆっくり時間を掛けて丹念に刷り込まれた何か観念のようなものに因るのだろうか。ともあれ申し訳なさを感じて来た私は、憂ちゃんとの約束もある、丁度こちらの区切りもいいことだし休憩を提案することにした。
 私は壁際に寄せていた箱に手を伸ばす。全日の作業を宣言している以上、お昼ご飯に関しては憂ちゃんのことだからおそらくはそうなるのではないだろうかと思っていたもので、しかし幾ら親しい仲と雖ももらいっぱなしは宜しくない。少しいいところのお店で唯の大好きなモンブランを三ピース、それに加えて無難な線で苺のショートケーキを三ピース買って来ておいたのだ。「唯、」手に取ったそれを掲げてギー太へと向かう彼女の手を休ませる。
「憂ちゃんとも約束したし、そろそろお茶の時間にしよう。今日は唯の大好きなモンブランも持ってきてるんだ」
「モンブランっ!?」
 途轍もない速度で反射を見せる唯に苦笑いを返しつつ、ともあれ選択は間違えてはいなかったようだ。せっかく買って来たのに喜んでもらえないとなると私としても少し残念であっただろうし。
「それと苺のショートもあるよ。下にいって憂ちゃんと一緒に食べよう」
「うん! ケーキ、ケーキッ」
 妙な調子で声を弾ませながらケーキを連呼する唯は手早くギー太をスタンドに安置して早く早くと私を急かす。そんなに焦らなくてもケーキは逃げないというのに、それでもようやくいつものらしさが戻って来たその様子に、やっぱり唯はこうでなくちゃいけない。地味だったり何だったり、そういうストイックな面は私に任せて彼女は楽しそうにしているのが一番に思う。
「うーいー、澪ちゃんがケーキ持って来てくれてるから、お茶にしよう!」
 廊下の方から唯の甲高い声が響く。隣の部屋の憂ちゃんの扉をやたらとリズミカルにノックして、しかし何ともはた迷惑なエイトビートだろうか。止めに入ろうと遅れ馳せながらも部屋を出た頃には丁度苦笑いの憂ちゃんもまた扉を開けて顔を出しているところで、唯越しにばっちりと目が合った私は箱を持っている方の左手を軽く上げて頭を傾げる。
「わざわざご用意までして頂いちゃったみたいで。すいません、澪さん」
 しかしまあ本当に出来た子である。何分の一かでいいから神様はこの子の気質を唯に分けて与えてくれればよかったのになあと常々思わずにはいられない。
「いやこちらこそ。連日お邪魔している上にお昼までご馳走になっちゃって。これくらいしか出来なくてほんとにごめんね」
「そんなそんな!」
 そうやってこちらこそ、いえこちらこそ、とやっている内に焦れて来てしまったのだろう、不満そうな顔の唯が私たちの間に割って入る。
「ねー、お話しするのは食べながらにしよう? 私もうお腹ぺこぺこだよ」
「お姉ちゃんたら。さっきご飯食べたばっかりなのに」
「ケーキは別腹なのです!」
 胸を反らせて自信満々にいい放つその姿と来たら。仕方ないなあといった具合に憂ちゃんと一緒に苦笑いをしながら、ともあれ階下へと向かう私たち。
「お茶の用意はしますから、お姉ちゃんと澪さんは座って待っていてくださいね」
「皿出しくらいは手伝うよ」
 もはやそういうシチュエーションが当たり前になってしまっているのだろう、迷いなど微塵も感じさせることなく定位置へと収まったニコニコ顔の唯はともかくとして、余所者の私としては何でもかんでも憂ちゃんに任せる訳にはいかない。二人掛かりでお茶汲みというのも変な話だし、それならばせめて自分で持って来たケーキくらいは自分で並べるのがいいだろう。
 大丈夫ですから、とやはり返されるところを、いいから、と半ば強引な形で頼み込んでは恐縮しきりの憂ちゃんからお皿とフォークの位置を聞き出して三人分を手に取る。お昼に憂ちゃんが座っていた席は覚えているから私と憂ちゃんと唯の分とをそれぞれの席に配っては、箱に収められていた内からさてどちらにしようかと少時悩んだものの、まあまずはこっちでいいかなと唯の大好きなモンブランを無難に選択してそれぞれのお皿の上に形が崩れないように静かに配置する。
 おおー、と目をキラキラさせながら今にも口の端からよだれを垂らしそうな顔の唯に、「憂ちゃんがお茶を淹れて来てからだぞ」予め釘を刺しておいて――あれは放っておくと完全に欲望に負ける顔だった――残ったケーキが収められた箱をテーブルの中央に置いては憂ちゃんのヘルプに回ろうかと台所へ向かう。
「あ、今準備出来ましたから持っていきますね」
 丁度沸いたお湯をティーポットに移しているところで、既に用意されていた人数分のカップと共にお盆の上に載せているところを見ると、どうやら私が手伝えることはないようだ。こちらの準備が終わった旨を告げて、憂ちゃんに促されるがまま自分の席へと落ち着くこととする。
「うーいー、まーだー?」
「もうちょっとだけ蒸らしてからね」
 流石に唯の扱いには慣れたもので、軽くあしらいながらそれぞれにカップを配った憂ちゃんは暫しののちに手際よくそれぞれへと紅茶を淹れ始める。そのタイミングは、いつもムギがやっているのに比べて少し早いような気もするがどうなんだろうか。紅茶に関してはそれほど詳しくない私だが、せっかくのことだから聞いてみることにした。
「セイロンですから、他のやつよりも早くて大丈夫なんです。特にこれはBOPFっていうやつなので長くやっちゃうとむしろ渋味が出ちゃって、飲むのがちょっと辛くなっちゃうんですよね」
 注ぎながらも詳しい解説をしてくれる憂ちゃんで、いやはや流石に博識である。セイロンという単語くらいならば私も聞いたことがあるけれども、BOなんちゃらやら蒸らしの推奨時間とまで来るとお手上げだ。苦いなあとか、コクがあるなあとか、それくらいのことは漠然と思ったりもするものだけれども、詰まるところ紅茶に対する私の舌の感度というものはその程度のものということなのだ。
 私がしきりに関心している内にも優秀な妹君は仕事を終えたらしい。唯にはスティックシュガーを一本、自分にも一本。次いで、「澪さんは?」訊ねられた私は、基本的にはコーヒーだろうが紅茶だろうがストレートで飲むことにしているために丁重にこれを辞することとした。
「それじゃあ皆にいき渡ったね! いっただっきまーす!」
 何もせずに座っていただけの唯が一等元気に茶会の開始を宣言する。何ともまあ、腑に落ちないところもあるものだけれども唯のことだから、で済ませてしまえるのがまたおかしいもので今更になって一々取り上げるようなことでもないだろう。控え目に復唱しては、私も彼女のお気に入りのモンブランに取り掛かることとする。
「作曲の方は順調みたいですね」
 流石に奮発しただけあって、蕩けるような絶妙の甘味に舌を震わせているところで隣から憂ちゃんが語り掛けて来る。作業の進捗については特に言及していなかったと思うのだけれども、さてどうして分かったものだろうか。
「お姉ちゃんの様子を見てると何となく。澪さんも、何だかいつもより柔らかい表情をしていたものですから上手くいってるのかなあと思って」
「わ、私ってばいつもはそんなに怖そうな顔をしてるのかな」
「ああ、いやいやそうじゃなくて!」
 憂ちゃんからしては何とはないつもりであったであろう言葉尻を拾っては軽くショックを受けている私は、しかしすかさず彼女にフォローを入れられてしまう。私事ながら、こういうちょっとしたことにすら過敏なまでの反応をしてしまう我が陋習は、小さな頃からいつまで経っても改善してくれず、全く踏ん切りの付かないこの性格をどうしてくれたものだろうか。
 「でもねでもね、」そんな私たちの間を知ってか知らずか、おそらく後者であろう。空気を読めないことに関しては右に出る者のいない唯が口を挟む。
「澪ちゃんてばねえ、すごいんだよお。私がちょっとこういう感じーっていうとね、直ぐに私の思った通りに曲を作ってくれるの。作曲じゃないけど、今まではそういうのって憂にしか出来なかったのにね。ベースも上手だし、私のことも良く分かってくれてほんとにすごいんだよお」
 そうやって唯は栗ケーキを頬張り、いつもながらの冗長で間延びをしたトークを展開してくれる。そんな諸手を挙げての賞賛を受けた私は憂ちゃんの手前、二人きりでそうしている時にも増して居心地の悪さを感じてしまって、一体これについてはどういう反応を返したものだろうか。
「そうなんだ」
 悪点のフォローよりは良点の賛嘆、とでも思ったのだろう。ニコニコと満面の笑みで唯の私自慢に応じる憂ちゃんに、何故だろうか、小さい頃のアルバムを引っ張り出されてこの頃はねえ、とか親にやられているあの時のような気恥ずかしさを覚えて止まない。そんな私の心境など知りもせずに唯と来たら、私のベーステクニックから音楽にかける情熱、果ては指の柔らかさについてまで事細かに熱弁を振るったあとに憂ちゃんへと苺ショートのお代わりを要求する。笑顔のままに応じる妹の鏡は空いた敷き紙を下げたのちに、そつのない手付きで二個目を唯の皿に差し出す。
「それにしてもお姉ちゃんてば、本当に澪さんのことが好きなんだねえ」
 含んだ紅茶をミスト状に散布しそうになるところを必死に堪える。深い意味はなく、何せここは平沢家であるのだ。選ぶ言葉の問題だとかそういうところなのだろうけれども、ともあれ口内の液体を素早く胃の中へと運んでおいた私は、これが間一髪というやつだった。
「大好きだよお。もうね、お嫁さんにしちゃいたいくらい!」
 その一言を聞いた直後にいよいよ空気で咽せてしまった私は彼女ら姉妹に容態を案じられるが、片手を軽く挙げて無事をアピールすると、元々その程度だったのだろう、直ぐ様そちらの方で盛り上がりを再開する。
「澪さんがお嫁さんだとお姉ちゃんはどうなるの?」
「私もお嫁さん!」
「何それー、変なのー」
 こういうのが普段からの彼女たちのペースなのだろうか。さぞおかしそうに笑う憂ちゃんが各人のカップに紅茶を注ぎ足しては、唯と一緒になって私との新婚後の生活についての空想、もとい妄想に花を咲かせている。その一部を抜粋すると、
「寒がりの私のことを考えてね、ベッドはちょっと小さめのダブルにするの。それでね、それでね、寒くないようにってね、二人でギューっとくっ付きながら毎晩仲良く眠るんだあ」
「ご飯は勿論澪ちゃんの手作りだよ! 私の身体のことを考えて、栄養バランスも好みもしっかりと考えられた献立を食べる度に幸せを噛み締めてさあ」
「たまの休みには二人で公園まで散歩しにいったりするんだ。真っ白いふかふかなワンちゃんをペットで飼ったりしてね、広場で一緒にフリスビーとかで遊んだりしてね」
「あとあれ、これは外せないよ! 私が仕事から帰って来たらね、『お帰りなさい、あなた。お風呂にする? 先にご飯? それとも……』ってね。っきゃー!」
「だああ、誰がそんなことするかあ!」
 背筋がむず痒くなるような提案のオンパレードにいよいよを以て辛抱堪らなくなった私はこの流れをぶち壊しに掛かるのだが、当の唯と憂ちゃんと来たら実に温かい眼差しで私を見つめるばかりで、安易に口を開かないその様子がまたプレッシャーとなっては、これはまた何という数の暴力だろうか。私の気勢も徐々に萎んでいくその最中、
「澪ちゃんってば、照れ屋さんなんだからあ」
 語尾に星を散らすようなトーンでそんなことをいわれてしまうと、これ以上は墓穴を掘りかねないであろう、私としては口から出掛かった言葉を飲み込む他にない。
 そのあともああだこうだと彼女たちの独壇場は続き、三人分の紅茶とケーキがすっかりとなくなるその時まで、不本意ながらも私はこのマイペースな姉妹のお茶請け係とされてしまったのだった。


「そういう訳で、皆には短めのソロパートを作ってほしいんだ」
 更に数日ののち、音楽室。紆余曲折はあれど各人のソロ以外のパートを完成させるに至った私と唯は、大まかなあらましを向こうのメンバーへと説明していた。聞くところによると彼女らのグループはつい先日作曲を終えたようで、残りの期日は最終的なチェックや細かな調整をするに留める予定だったらしい。余裕もあることだしと、私たちの提案も二つ返事で承諾を受けた。
「大体、小節二つ分くらいになるのかな。それ以外には細かいことはいわないから、アドリブでも何でも自由にやってくれてOKだよ」
「分かりました」
 生真面目な調子で返事を寄越す梓に続いてムギと律も了解の旨を返して来る。そんな彼女らの反応を確かめてから、私はバッグの中の紙束を机の上へと広げる。
「そしてこれが私たちが作った曲の楽譜。人数分のコピーを取って来たから一人一部ずつ持っていって。雰囲気とかもあるだろうから、ソロパートをやる時の参考にしてもらえれば助かるよ。それと、ムギ」
 端をホッチキスで止めた楽譜を各々が早速手に取っていく。そんな中で自分だけ声を掛けられたのが意外だったのだろう、不思議そうな顔で応じるムギ。
「キーボードのパートなんだけどさ、頑張ってみたんだけど、どうにも私たちってほら、二人とも弦なものだから。キーボードのエフェクトとかも全然分からなくてさ。二人で相談したんだけど、下手に作るよりはいっそムギにしっかりやってもらった方がいいんじゃないかってことになったんだ。勿論、私たちも可能な限り協力はするし、分からないことがあったら何でも直ぐ聞いてくれていいんだけど……ダメかな?」
 ああだこうだと飾れど、しかし要は丸投げの提案である。情けないこととは思いつつも、しかしこればっかりは私も唯もどこからどうやって取っ掛かればいいやら、まるで形にならなかったのだ。意地になって半端なものを作り上げるよりは、しっかりと知識のあるムギにお願いしてそれなりのものを完成させようと思い至った訳である。
 よく取れば潔い、悪く取れば挫折、ともあれ出来なかったことだけは確かなのだ、何をいわれても甘んじて受ける覚悟でいた私だったが、
「いいわよ。やっぱり鍵盤って違うものね。勝手が分からないのも無理はないと思うわ」
 そうしてからムギは律と梓に今の次第を話しているのだろう、二言三言を交わしたのちにまたこちらへと戻って来た。
「二人もOKだって。私たちの方はもうほとんど完成しちゃってるから、あとはりっちゃんと梓ちゃんだけで大丈夫だと思うの。という訳で、私も今日からこっちにお邪魔させてもらおうと思うんだけど、大丈夫かしら?」
「全然オッケーです!」
 右手を前に突き出しては高らかに宣言する唯にはんなりとした笑みで返すムギ。ともあれまとまってよかった、これで期日内に納得のいくものが出来るに違いない。
「さて、」
 それでも余裕があるかと問われると、油断は禁物だと私は思う。ムギにお願いするパートと私たちの作った曲との兼ね合いとかも考えなくてはいけないし、何であれ早めに取り掛かるに越したことはない。
「それじゃあ早速だけど唯の家で作業を始めよう。時間もあんまりないことだしね」
 そうしてエリザベスを担いだ私を見て不思議そうに律。
「あれ、でも澪。こっちの作業はもうほとんど終わってるから別にここでやってもよくね? 梓、いいよな?」
「私は大丈夫ですよ」
 随する形で梓。いわれてみると確かに、律らのグループは作曲をほぼ終えたといってはいたし、私たちが多少音を出したり何だりしていてもそこまで邪魔になることはないだろう。ないのだろうけれども、しかし。
「どうする、唯?」
 どうにもそれがしっくりと来ない感じの私は、それでも断るにも環境的にはこちらの方がいいものだから唯の意見も聞くべきだろう。振られた彼女は暫し悩んだような素振りを見せていたが、
「何か、私ん家でずっと作ってたから出来ればそっちでやりたいなあ。私はその方がいいと思うんだけど、澪ちゃんは?」
 全く以て異論ない。カーペットの上でエリザベスを構えて、インスタントコーヒーをテーブルに据えて、たまに憂ちゃんがお茶やお菓子を持って来てくれて、私の向かい側には唯がいて、たまにくだらない話をして二人で笑ったりして。そうやって今までやって来たんだ、ここに至ってやり方を変えてしまうと却って戸惑ってしまいそうな気がする。
「私も唯の部屋がいいな。その方が落ち着いて出来る気がするよ。ムギもそれでいいかな?」
「私はどっちでも大丈夫。二人がそういうなら唯ちゃんのお家にしましょう」
「そういう訳で、律」
 目を配ると頷きで返すおでこ。段取りはこんなものだろう、ムギと唯も準備は既に出来ているようだ。
「私がいないくて寂しいだろうけど、りっちゃんと一緒に頑張ってね、あずにゃん」
「なっ、誰が寂しいですか! 唯先輩なんかいなくたって私はしっかりやるんですから!」
 そんなぁ、と砕ける唯と梓のやり取りを暫し待ちつつ、さて。
「それじゃあいこう、唯。律と梓も、また明日な」
「おうおう、頑張れよー」
「また明日です」
 互いに挨拶を交わし、私たちは音楽室を辞する。ムギも加えていよいよ私たちの曲も仕上げに取り掛かることになると思うと色々と感慨深いものもあるが、いずれにせよそういうものは終わってから振り返ったり感じたりするものだろう。今は精一杯、良いものを作ることに専念しなくてはいけない。鞄を握る手に力を込め今一度私は気を入れ直しては、通い慣れた唯の家へと歩を進めるのであった。


 唯の部屋には、エリザベスを置くためにと私が家から持って来たスタンドが壁際へと配されており、二人で飲むからと――これはおそらく憂ちゃんがやってくれているのだろう――いつ使っても翌日には綺麗に磨かれて用意されている私たちのマグカップが置いてあって、それと、これは私が来るようになってからだろう、唯ので一杯だった部屋の空気に私のそれが少々ながら混じるようになったような気がする。
 どうしてだろうか、本来は唯のために用意されて、やはりそれを唯が自分の都合の良いようにと適宜調整していって。そうやってそうやって、何年も掛けて彼女が作って来た自分空間へと私がじわじわと侵食していっているような、唐突にそんな妙なことを考えてしまう。
 いつものようにエアコンの空調が苦手な唯が、まずは部屋端に用意された大きめのハロゲンヒーターに火を入れる。これがまた局所的に暖めるようなものだから、夢中になって取り掛かっているといつの間にやら寒くていられないようなことになっていたりもするんだ。この季節、外の風が強くて身体が冷え切って帰って来た時なんかは二人で場所を半分こしながら暖まるのが私たちがまず最初にこなす仕事だったりする。
 唯はそのままの流れで電気ポットのコンセントを差し込むと、ふと思い出したように手を打ち合わせる。
「そういえば今日はムギちゃんも来てるからカップが一つ足りなくなるんだね。私、下から取って来るよ!」
 階段をどたどたと騒がしく下りながらうーいー、と声を上げる唯へと、残された私たちは苦笑しながらともあれまずは荷物を下ろす。通学用の鞄を机の脇に、エリザベスをケースから取り出しては一時スタンドへ。更にケースの中からシールドとチューナーを取り出してはエリザベスにチューニングを施す。全ては慣例となっていることだ。朝にベッドから起き上がって、顔を洗って、ご飯を食べて、いってきます。今の私にとってはそれくらいに訳のないこと。
 着々と手順をこなす私の横で、こちらは既に荷物を片付け終えていたムギがやたらと柔らかな笑みを浮かべて部屋のあちらこちらへと視線を飛ばしている。下品だとか下心がありそうなそういう類のものでは一切非ず、彼女の為人をそのまま真っ直ぐ表しているような綺麗な面。まるで聖女か何かのようだなと、ここまでいい顔をされていては逆に怖くなってしまった私は逃げるように口を開いていた。
「どうしたんだムギ、そんなニコニコとして」
 彼女は急に声を掛けられたことにも一切動じていない様子で、ペースを崩さないままに頬に手を添えては語り出す。
「ああいえ、ここで唯ちゃんと澪ちゃんが二人きりで何日も何日も一緒に作業をしてたんだなあって考えてたら何かその、ちょっと嬉しくなっちゃって」
 含みのありまくる彼女の言葉に当事者である私は口を開かずにはいられない。ムギがいうところの嬉しくなっちゃってとは、すなわちそういうことに違いないだろうから。
「何をそんな期待しているのかは分からないけど、ムギの思ってるようなことは私たちには一切なかったぞ」
「ね、澪ちゃんは唯ちゃんのこと嫌い?」
 何を唐突に、と思ったりもするがしかしムギにはたまにこういうところがある。
 果たして育って来た環境なのかどうなのか、そこまで深いところに関しては私には知る術はないものの、こういう当たり前というか改めて聞くようなことではないようなところまで一々踏み込んで来たりするのは、その内容にもよるものだけれども、今回のようなケースについては正直答える側としては照れくさくて困ったものだと思う。
 別にまあ、特段不味いことをいうわけでもないのだし、本当に嫌なこと以外は答えてしまっても問題はない訳で。
「好きか嫌いかでいったら、好きだよ」
 それでも、私のそんな回答を聞いたムギと来たら。先程までは混じりっ気のなかった聖女だったというのに、今のその面には何というのだろう、形容し難い不純物が多分に混入されては年相応なそれになってしまっている。
「唯ちゃんはね、きっと澪ちゃんのこと、大好きよ」
 胸の内を正直に申し開くと、私はその一言で大変に狼狽してしまっていた。当の唯ではなく、それをいったのはムギで、そしてその言葉には信憑性だとかそういう類のものが一切としてないお話だというのに。
 そして私にしてもそうだ。軽く流せばいいものを、どうしてか突っ掛からずにはいられなかったんだ。
「ど、どうしてムギがそんなこというんだよ」
「ふふ、どうしてかしらね。もしそうだったら私がすごく嬉しいからかしら」
 でもきっと間違いないわよ。迷いのない微笑みと淀みのない優しげな声色でそう断言されては私が何を返しても無実なものになってしまいそうで、心の底から不本意ながらも、沈黙で以てこの場をやり過ごすことしか出来ないのである。
 「お邪魔かもしれないけど、」そんな私をどう見たか、視線を真っ直ぐにこちら。今の私にとってその真っ直ぐさは、ちょっとだけ受け難いものがある。
「数日の間、曲が完成するまでは二人の間に私も入れて頂戴ね。大丈夫よ、変なことはしないから」
 そうやっていっていること自体が既に変なことなんだ。
 完全にひねくれてしまった私が言葉に窮している内にも、階下からムギの分のカップを持って来た唯がやはり何も分かっていない様子でいつも通りを振る舞う。応じるムギもしかり。私だけがどうしてか一人どこか別の場所に置き去りにされたかのような、すっきりとしない疎外感を味わっていたんだ。全く、どうかしている。


「ごめんね、唯ちゃん。ちょっとだけでも出てくれないかってりっちゃんと梓ちゃんにお願いされちゃって。私のパートもある程度出来て来てるから、締め切りまでには間に合うとは思うんだけど」
「ううん、全然大丈夫だよ。むしろ私たちが無理いってお願いしているんだから、ムギちゃんは気にすることなんてないよ」
「そういってもらえると助かるわ」
 私たちの間にムギを交えて作業をするようになってから三日ののち。既に曲の骨子は出来上がっていたため、その点のアドバンテージについては少々を鑑みるべきなのだろうけれども、それにしてもムギの作業のスピードはすさまじいものがあった。
 楽譜を見て一考、私たちに気になるパートの演奏を実際にやってもらって一考。
 積極的に私たちがそういう曲にしようと意図したことはないのだけれども、やはり自身のやっているパートなものだからどうしても色が濃くなってしまっていたのだろう。あくまでの主役は唯のギターと私のベース、それに加えて唯のボーカルだろうか。それらを一層に引き立てるようなメロディをアレンジしてくれるのだ。
 果たしてこれが年季の違いというやつなのだろうか。ともあれムギはその辺のコンセプトを確かに感じ取り、その上で雰囲気を崩さないようにとあくまで自然に、しかしあるとないとではなくなった時に寂しさだとか物足りなさを感じるようなキャッチーなメロディを的確に乗せていく。
 正しく『ぴょんぴょん元気に飛び回りたくなっちゃいそうな可愛い感じの曲』が地に足を着けてジャンプしているような感じとでもいうのだろうか。私たちが作った原型にムギが鮮やかな化粧を施してはより一層映えのある曲に仕上がって来ている実感がある。
「澪ちゃんも、ごめんなさいね。今週中には総まとめみたいな形で一応の仮完成には持っていけると思うから」
「謝ることなんてないよ。こんなにやってもらっちゃって、ムギの仕事にケチなんて付けたらそれこそバチが当たっちゃいそうだ。こっちは感謝してもし足りないくらいなんだから」
「二人にそういってもらえると、助かるわ」
 そんな功労者の彼女だったが、先程いっていたように学校の方で作業を続けている律と梓から調整の協力を要請されたらしく、本来は向こうのグループなものだから私たちとしてはこちらを優先してもらう訳にもいかない。先方を断ろうとしていたムギを唯と二人掛かりで止めに入ったのがついさっき。何とか学校の方へと戻るという方向で話がまとまったところなのだった。
 改めて携帯を確認してから閉じ、コートとマフラーを着込み学校へと向かう準備を進めていく彼女だったが、ふと何かと思い出したような、あるいはイタズラを思い付いた子供のような感じで目を細めては私を手招き。耳を貸せということらしい、応じて側までいってやると、
「今まで唯ちゃんを取ってしまって、ごめんなさいね。今日は二人きりだから、私に構わず気兼ねなくやってね」
「ムギ!」
 うふふ、とあくまで上品に口に手を添えては離れていくムギに、「ねーねー、何の話?」何も知らない唯が怪訝そうにこちらへ寄って来る。
「何でもないの。私がいなくても二人で頑張ってねって澪ちゃんを応援してただけ」
「なーんだ、そうなんだ!」
 二人であははうふふと笑うその様を見ていてしかし、ムギが唯にいっていることはあながち間違いではなくて、彼女は割と本気でそういう意味を含めては私たちに期待をしているらしい。先日のあれきりかと思いきやしっかりと覚えている上、更にこれだ。
 全く私はそういうのではないとあれほどいったのに。唯は、いい友達なんだ。ムギの度の過ぎたお茶目にもほとほと困り果ててしまう。
 私が心中で愚痴を吐いている内にも玄関先まで三人で下って来ては、いつの間にか様子を察して出て来た憂ちゃんも加えて総勢三名での見送りとなった。玄関先で取り留めのない会話を交わしながらも、じゃあそろそろ、と出ていくムギを見送る私たち。そしてこれは気のせいじゃないだろう、出際に彼女が私へと寄越したいかにも何かありますといった様の視線に、だから私は何もないんだと憮然とした顔で応えてやると、より一層に嬉しそうな色を顔中へと浮かべて出ていった。
 ムギに一拍遅れてから閉じられた扉に、「さてと、」唯がこちらへと向き直り、
「それじゃあ仕上げに取り掛からないとね。ムギちゃんのいう通り、私たちだけでもしっかりやらなくちゃ!」
 そうだな、とどうにも気のない言葉を返した私を特に気にした様子もなく、そもそも気にするような間を空けさせることもなく憂ちゃんが続く。
「出て来たからついでですし、少ししたらお部屋にお茶とお菓子を持っていきますね」
 その提案に唯はいつもの如く大はしゃぎをし、私も体面上は遠慮の言葉を投げつつも結局は断り切れずに押し切られてしまう。
 そうしてからまたあとで、と約束を交わした私たちと憂ちゃんはそれぞれ唯の部屋と台所へと別れていく。
 本当に、いわれなくたって、今まで通りを上手にやるよ。私は。
 階上へ向かう段へと足を運びながら私は、遠くで未だ微笑んでいるであろうムギへとこのやり場のない鬱屈とした念を延々飛ばし続けるのであった。


「ねー、澪ちゃーん」
「んー?」
 その翌日。私と唯は変わらず唯の部屋で作業に取り組んでいたのだが、
「ぶっちゃけさあ、これ以上はどうしようもないよね」
「そうだなあ……」
 先日からムギが律と梓の元へと帰ってしまったために、私たちに出来る仕事といえば既に完成している部分についての修正を施すくらいのものだったのだが、そもそもそれすら十分であると思ったからムギに依頼をしたのだ。
 故に改めておさらいをしてみるも、やはりあらかたをやり終えてしまっており、それでも何かないものかと今日も今まで粘ってみたのだが、やはり私たちの発想で何とかなるような部分はもう出尽くしてしまっているなあと、斯様な実感をなぞるそれだけに終始する結果となる。私も唯も、限界というやつを薄々と感じていたところなのだった。
「元々、ある程度出来た状態で声を掛けたんだから、これ以上はやりようがないのかもなあ。ムギも、今日は来られないし」
 私のどこか独り言のような呟きに、そうだねえ、とこちらも空返事で応じる唯。そのごも何とはなしにエリザベスを触っては適当に音を転がしてはみるのだけれども、気の入っていない私の心が伝わっているかのように今日の彼女の歌声もどこかぎこちない。
 それでも暫しもう少し、もう少しと指を走らせてみるが何度やっても変わらぬ音色に、どうやら今日はここまでにしておくのが賢明なのかもしれない。こうやって気の乗らない時に幾らやっても効率を落としては疲れを蓄積させるだけだろう。それどころか、悪い癖すら付きかねない。「唯、」そこまで思い至ると、私と同じようにどこか構えに覇気のない唯へと声を掛ける。
「今日はもうここまでにしよう。どうにも捗らないし、今まで頑張って来たんだ。今日一日くらい休憩にしても大丈夫だよ、きっと」
「そうだね」
 私の提案へと、もっと喜ぶものかと思っていたがどこか気怠い雰囲気でギー太を置いては控え目に応じる唯。うんと伸びを一つしては私の横手、ベッドの傍らへと移ってはため息を一つ吐く。
「何か、あれだねー」
「うん?」
 どことなくアンニュイな様子、いつもは見ないような顔をした彼女が気になった私はエリザベスをスタンドに立て掛けては耳を傾ける。
「ずーっと楽器を触りっぱなしっていうのも疲れるんだけどさ、何かそれはそれで、私は今頑張ってるんだぞー! って感じがしてね、あんまり嫌な感じはしないんだ。むしろそういう疲れ方なら全然オッケーっていうか」
 うん、うん、と、私はぽつぽつと語りだす唯に相槌でして返す。
 これは、適当に流しているためのそれではなく、まさか平時を万事適当に振る舞っているかのように見えていた唯がここまで考えながら取り組んでいたものなのかと、関心の心持ちで以て私は神妙に先を促すのだ。
「それにね、ほら、私ってすっごい適当な気持ちで軽音部に入ってギターを始めちゃったからさ、歴も一番短いし、こんな性格してるし。だからいっつも真面目で楽器も上手な澪ちゃんとかの足を引っ張ってるのかなあって、不安になってたんだ」
「そんなこと、」
 弱々しくいい掛ける私を制して唯が続ける。
「うん、分かってるからいいんだよ。だからさ、今回の作曲はね、いい機会だと思ったんだ。頑張り屋の澪ちゃんと一緒に頑張れば、怠け者の私ももうちょっとマシになるんじゃないかなーって。それに私ってばいっつも迷惑ばっかり掛けてるし、こういう時くらいでも澪ちゃんのために何か出来ないかなって」
 へへ、今回もダメっぽかったけどね。ベッドにもたれながら張り詰めたものが切れたような様子で天井を仰ぐ唯に、私は声を掛けずにはいられなかった。
「そんなことはないよ。唯は、よくやってくれてる」
 唯は不思議そうな顔で目線だけをこちらへ寄越す。私は、膝立ちでその彼女の横まで赴いては続きを述べる。
「私なんて上がり症で、いつだってどっちつかずだし、唯がいう程そんなに褒められたものじゃない。人一倍頑張って、やっと人並みなんだ」
「そんなことないよ! だってほら、澪ちゃんは何をやってもすごくて、私の憧れだし!」
「そんなことないよ」
「そんなことあるよ!」
「ないって」
「あるってば!」
 そうやって暫しの間、私たちは問答を繰り返す。
 どうしてか唯はいつになく頑なで、私にしても悪口をいわれているとかそういう訳でもないのだし、いずれにせよそこまで拘ることでもないだろうに、どうしてか引くに引けないようになってしまったんだ。
「あー、もう!」
 やがて唯は焦れたような声を上げては、勢いに任せるがままに私の肩を取って押し倒す。抵抗する間もなかった私は、果たして、どうしてこうなってしまったのだろうか。気付いた時にはカーペットの上へと仰向けにされており、唯に馬乗りにされるような形になってしまっていた。
「いい? この際だから澪ちゃんがうんっていうまで、私、澪ちゃんのいいところをいい続けるからね!」
「な、何でそんなこと」
「やるったらやるの!」
 半ば駄々っ子のような様子で喚く唯に、先に折れたのは私の方だった。
「……絶対にうんとはいわないからな」
 それでも投げやりに呟く私へと唯はもう一度念を押し、いよいよ列挙を始める。
「頑張り屋さんなところ」
「私より頑張ってる人なんて沢山いるよ」
「頭のいいところ」
「それも、真ん中よりちょっと上なくらいだよ」
「気配りが出来て、優しいところ」
「憂ちゃんには負けるよね」
 ――「声がかっこいいところ」唯の方が可愛いし、綺麗だよ。「さわちゃんの作った服がすっごく似合うところ!」それは……あんまり嬉しくないなあ「うーんと、えっと、背の高いところ」それはそもそも、いいところになるのかな……「あとは……そう、手がぷにぷになところ!」もう、意味が分からないよ。「もう、澪ちゃんってば諦めが悪いよ!」私がそうなら、唯も相当なもんだよ――
 いつの間にか頬を紅潮させては肩で息を吐いている唯は、どうしてこんなにも必死なのだろうか。かくいう私はどうにもこう、押し倒されるわ距離が近いわ全体的に妙な状況だわで色々と息苦しさを感じる。
 そろそろどいてもらおうと。ともあれそう思い至ったところで、あっと唯が何かと思い付いたように口を開くのを見て、仕方がないものだがせめてここまでは付き合ってあげよう。そうしたら、さっさ退いてもらうのだ。そうして次の発言に備えて私が構えていると、
「あとね、すごく、可愛いところ」
「かっ」
 思わず声が詰まってしまう。可愛いとか、そんな。血迷ったのだろうか。唯は、何をいい出すのだろうか。
「可愛いっていうなら、ムギとか梓の方がそうだよ。私なんてそれ程、褒められたようなものじゃないよ」
 そうはいうものの、照れくささからさっきまでのように唯を正面から見ることが敵わない。
 私は逃げるようにそっぽを向いては蚊の鳴くような声で呟いていたのだが、唯はその頬にすら手を添え、無理矢理に正面へと矯正する。
「ううん、可愛い。ムギちゃんもあずにゃんも可愛いけど、私は澪ちゃんの顔が一番好き」
「か、顔だけ可愛くたって……」
 その瞬間、誰でもない唯からそうやって割り切られたようないい方をされては残念がっている自分が、確かにそこにいた。私は、どうしてしまったのだろうか。混乱をしてしまっているのだろうか。
「勿論、顔だけじゃないよ。出来るのに、そうやっていつも控え目にしてる澪ちゃんはすごく可愛い。嘘じゃないよ、ほんとにそう思ってるんだからね」
「きゅ、急にそんなこといわれたって、そんな。信じられないよ」
 ここに至っての私はもはや苦し紛れだ。自覚さえしている。だからといってしかし、どうすればいいのだ。それ程までに只今の唯の踏み込みたるや力強く、切れ味鋭く。こんなことなんて今まで生きていて一度もなかったんだ。やり方が分からない。
「ほんとに分からず屋。いいよ。私、ほんとに澪ちゃんを可愛いと思ってるんだからね。ちゅーだって出来ちゃうんだから」
 ちっ、ちゅちゅ……! と妙な形で絶句してしまった私は言葉の発し方を忘れてしまったかのように、声にならない声を口の中で転がすことしか敵わない。
「嫌なら除けてね。黙ってると、このまましちゃうからね」
 本気だからね、と瞼を伏せがちにした唯の顔がゆっくりと降って来る。ポーズだけでも避けようとせど、頬に添えられた手がそんな半端は許してはくれない。脱出を図るためには、唯のいう通りにもっと思い切った抵抗をしなくてはいけない。そんなことへと頭を巡らせている内にも当の唯は刻一刻と迫って来る。
 仮に唯とそうしてしまった時の自分を想像して、果たしてその時私はどう思うのだろうか。焼け付いてしまいそうな頭へと無理を利かせて必死に思惑を巡らせてみると、しかし思いの外にすんなりとその情景はフレームの内で焦点を結び、同時に私の胸を跳ねさせる。
 自分でして、その、自身の中に芽生えた異常に対して驚いてしまう。だって、そうではないか。女の子同士でだなんてそんな非日常を、偶然とはいえそうそう簡単にイメージング出来てしまう時点で既に私はどうなのだろうか。そこにはきっと慣れのようなものがあるに違いなく、すなわち、異常ではなくこれが私の中での正常なのではないだろうか。
 実際のところ、私は唯に対してそういう意味での嫌悪など全く感じておらず、むしろ人知れず、自らも知れぬ間に幾度か唯を相手に取っては、胸中に斯様な情景を描き――あるいはそうやって何かを感じていたことさえもあるのではないだろうか。いや、自覚などしたことがないのだから、これこそ分かりようがないことなのだけれども、しかし。
 それにしてもああ、本当にもう、一体全体。自分のことなのに自分でもさっぱり分からない。これも全部唯のせいだ、唯がいけない。こうなったら唯に始末を付けてもらう他にないのだ。
「……っん」
 例えそれがヤケであろうが何であろうが、ともあれ腹を括ってしまった私は自分でも驚く程の平静で以てして、唯の唇を受け入れた。
 そしてしながらにして思う。私にとってのこれは正真正銘、生まれながらにして初めての接触。ファーストキスというやつだった。
「ふ……」
 触れながら、平素は気にも留めないというのに、この時ばかりはやたらとうるさく感じられる鼓動と呼吸の音とが状況の非常さに拍車を掛ける。まだくっ付くのだろうか、どれくらいやるのだろうか。瞳を閉じることさえも忘れて私がその感触に衝撃を受けている内にも、やがてゆっくりと唯は離れていった。
 こんなにも近くで見合っているのに、私たちはまるで互いに当人をしっかりと捉えられていないような態で、柔らかいだとか何だとか、初めてはレモンの味だとか人はいうものだけれども、私の思ったそれは予想以上に小さいものなんだなあとか、当然のことながら少し湿っているんだなあとか、その湿った唯のものが今もまだ私の口周りに付着している感じがするなあとか、そういう当たり前のことを当たり前にしか取れず、逆をいうとそれ以外のことに気の回らないような状況になってしまっていたのかもしれない。
 やがて拭いたかったのか、あるいは内側に入れたかったのだろうか。いずれにせよ無意識の内に私が小さく舌なめずりをしたのとほぼ同時に唯が口を開く。
「ね、ねえ澪ちゃん」
「な、なんだいっ、唯」
 動じた私は、呟きにさえもびくりと震えてはぎくしゃくとしてしまう。
「もう一回いいかな。次はこう、もうちょっとたくさん」
 どういう言葉を選べばいいのか分からないといった具合にたどたどしくも、やや先走った感のある口調と、そしていつもの、あの真面目なんだけど今一つそうなり切れていないような顔付きで唯は提案をして来るのだけれども、しかし応じる私にはもはや状況を的確に把握するための頭など残っておらず、やはりそれは彼女にしてもそうなのではないだろうか。もう、何が何やら分からなくなってしまっている。
「う、うん。唯の好きなようにしてみて」
 それでも私は狡猾で、まるで唯に責任を押し付けるようにしながら、されるのだから仕方のないことなんだと逃げるように自分に許しを与えて。
 ちゅ、と吸い付くような感触は先程よりも私に余裕があるからなのだろうか、それとも唯がより積極的にそうして来たからなのだろうか。いずれにせよ強くなった接触感へと私は確かな二度目を感じていた。
 妙に近くで振る舞う唯の面へとどこか非日常感を覚えながらも、ところで、唇を合わせるというその行為が持つ意味合いというものは、少なくとも私のような若輩者からすると大変な含みを伴うものなのだけれども、しかし現実的には身体の一部分を局的に接触させているだけなのだなと、ふとそんな認識を覚える。
 いや、私が受身に回っているからそうなのであって、唯の方はもしかしたらば大変なのかもしれないが、ともあれ私としては衝撃が大きいにも関わらず、しかし思った以上にやることがなく、どうにも居住まいが悪くなって来るのだ。
 そのせいなのだろうか、変わることなく鳴り響く鼓動や湿った感触の吐息の音がやたらとうるさく感じられる。私としてはどうにもはしたないもののようにこれを捉えてしまうのだけれども、いけない、そんなことを考え出してしまっては次第にバツが悪くなって来た。寸時前までは気にも留めなかった現実が、私の常を惑わせるようなそういう様々な余事が、多方向から私の脳へと情報を送り届けて来るようになる。
 ――例えば、唯の髪のこと。柔らかくていい匂いのする、私よりも短めのそれが上から垂れて来ては、私の頬から首筋をなぞって、そしてその一部は私のものと混じり絡み合っているのだ。
 ――例えば、唯の身体のこと。ただでさえ仰向いているだけでもきつい私の胸元からお腹に掛けてを、更に上から伸し掛かるような形で華奢な唯が覆い被さっている。彼女のものが私のそれを圧し潰したり、あるいは重ね合うような形になっているのだろうか。
 ――例えば、唯の脚のこと。ふと、作曲を始めると宣言して唯の家に通うようになったその最初の日を思い出す。階段を昇る時に覚えたあの変な感じ。あれを私に感じさせた唯のものが今、私の脚を割るように入って来ていて、そして同じように私のものも唯の間に分け入っては、静かに擦り合わされているのだ。
 そう、例えば、例えば。尽きがない、果てがない。
 誘惑を纏う斯様な存在が私を一斉に包み込み、今までは間接的だった彼らが群をなしては私を徹底的に屈服させようとやって来て、私はまるで唯で一杯だった。甘い毒が外から内から、これ以上立ち入られてしまっては取り返しの付かないようなところにまでどんどんと入り込んで来る。あの時と同じだ、何とかしなくてはと思いはするのだけれども、防がなくてはと私が打ち立てていく柱の悉くを倒壊させては奥へ奥へと、留まることなく進行して来る。
 挙句の果てに、私が自我との戦いを繰り広げているその最中にも、唯は宣言通りに先程よりも多くのアプローチを仕掛けて来るのだ。くにくにと形を変えたり、角度を移したり、強弱を付けたりなんだりと、無邪気な彼女のそういった気質が一つ一つのやり方を取ってしても伝わって来るような所作。まるで遊んでいるかのようだ。
 それもやがて満足に至ったのだろうか。ようやっと口元を自由にしてくれては二人一緒に大きな息を吐き、若干の距離を置く。
 そうして共に暫しの間を濁すものだが、やがて落ち着きを取り戻して来たらば微妙な気不味さが漂って来るもので、どうしようか、何かいわなくてはと私がへたれている内にもやはり唯に先を任せる形となってしまった。
「な、なんかね」
「う、うん……」
 既に、共に尋常ではないのだ。それを理解した上で、起こったことをしっかりと咀嚼しては確かめながらといった態で唯は語りだす。
「ちゅー、しちゃったね。私たち、女の子同士なのにね」
「う、うん……」
 肯定する他にない。そこで少しの間を空ける唯だったが、イニシアチブを取られた私はただ次の言葉を待つ他にない。そもそも、今の私に何か気の利いたことを喋れといわれても大変に参ってしまったことであろう。
「さっきまで全然そんな感じじゃなかったのにね。何ていうのかな、変な感じがするっていうか、実感が湧かないっていうか」
「ああ……私もそれ、分かるよ」
 同意を得られたことがよかったのか、唯は心持ち気が楽になったような面で微笑を交えてくれる。
「でもねでもね! 全然その、嫌だとかそんなのはなくてね、何ていうのかな、その……」
 唯はそこで一旦言葉を区切っては、いおうかいうまいかを悩んでいるような様子をいき来し、それでもやがて納得がいったのだろうか、続けて口を開く。
「澪ちゃんってね、すごく柔らかくて、あったかくて、ふわふわしてて、ずーっとそうしてたかってっていうか、いつまでも私だけの好きにしていたい、みたいな感じになっちゃって。っていうかあれ、何だろ、こんな。へへ、ごめんね、気持ち悪いよね。私ってばどうかしちゃったのかな」
 そう、胸の前で手を合わせては左右の人差し指を突付いて遊ばせながら、まるでらしくない様子、懺悔のように気不味げに零すのだ。
 確かに、普通の友達はキスだとか何だとか、仮におふざけだとしてもそんな過剰な接触はあまりしないものだ。少なくとも私の認識の上ではそうなっており、その点については間違いがないだろうと思う。
 それでは、禁忌というには大げさかもしれないけれども、そういうものに触れてしまった、やってしまった私と唯はどうなってしまうのだろうか。そういう意味ではもう、私たちは友達ではいられないのだろうか。一緒に笑ったり泣いたり出来なくなってしまうのだろうか。部活とか、学校とか、そういうものもある。
 何だろうか、とてもよくない。そうやって挙げ始めてはキリのない悪点が私の胸中を埋め尽くし、しかし同時に、そんなことなどとてもじゃないが承服し難いといった念へと駆られる。今までこんなにも私たちはよくやって来たのに、急に唯と一緒にいられなくなってしまうなんて、そんな、私には考えられない。
「唯が……唯がおかしいっていうなら、私もおかしいのかもしれない」
 今となって自覚をしたのだけれども、まるで口内がカラカラで張り付くようだ。口を開くのさえも久しぶりに感じられる。
「だってさ、唯と一緒で、私も全然嫌じゃなかったんだ。ううん、嫌だとか何とかいう以前にそんな、とにかくもう分からなくなっちゃって。ほんとそれどころじゃなかったんだ。私も、どうしちゃったんだろう」
 唯の戸惑いは私へと伝播し、やがて私のそれも唯へと伝う。得体の知れない感情が連鎖をしては、もはや何が何やらお互いに分からなくなってしまって。でも、それでもだ。お互いに間違いのないことがあるんじゃないかと、私は思うのだ。
「ねえ、唯」
「は、はい! 何でしょう!」
 どうしてそんな、敬語なんだろうか。場違いな彼女のテンションに、私も少しは平常心というやつを取り戻せたかもしれない。幾分は余裕の出来た心地にて、落ち着いて一つずつ確かめながら、ゆっくりと整理をしていこう。
「ね、唯はさ、私とこれからも友達でいたい?」
「も、勿論だよ! 澪ちゃんと友達でいられなくなるなんて、絶対にやだよ!」
「うん、私もだよ。じゃあさ、さっき私と、その、キ、キス……してて嫌だった?」
「ん……うん。嫌じゃなかったよ。多分、逆によかったくらい、だと思う」
 寸時詰まりながらもそう述べてくれる唯へと、ここまで分かれば十分だ。ダメなことなんて何一つない。いよいよを以て私にも勢いというやつが出て来る。
「じゃあさ唯、私もさ、唯とそういうことをしても全然嫌なんかじゃなくて、むしろ唯と一緒で。すごくよかったと思うんだ」
 未だにお腹の上に乗られたままの私は横に力なく垂らされていた唯の片手を取り、胸の前まで運んで来ては両手で大切に包むようにする。
「だから、さ。これは別に悪いことでも何でもないと思うんだ。私と唯さえお互いによければ、他に何も必要としないで、私と唯だけでこういうことが出来ちゃうんだ。何もないところから何かが生まれるって、それってすごいことだと思うんだ」
 今一つよく分かっていない様子の唯に、だろうとも思う。私はもっと分かりやすくいえばいいんだ。
「唯が、私とそうするのが好きで。私も、唯とそうするのが好き。女の子同士とかそういうのとか、全然関係ない。そんなもののせいで友達でいられなくなっちゃうなら、そんなものいらない。唯は、そう思わない?」
「う、うん。私もそう思うよ」
 だとしたらそうだ、間違いない。
「だったら唯、私も、これが普通じゃないことは分かってるんだ。誰かに知られてしまったらオシマイ、みたいなね、そんなもののような気がする。それでも、終わりになんてしたくない。だから、どうすればいいかなって、考えていたんだけど……なあ、唯。これを、唯と私、二人だけの秘密にすればいいんじゃないかな」
 「秘密に?」首を傾げる唯に、そう、と応じる。
「私たちだけでそうやる分には誰にも迷惑が掛からなくて、私も唯と友達のままでいられる。けれども誰かにこれが知られた途端に、何かおかしなことになっちゃう。それなら、誰にも知られないようにすればいい……知ってるのは私と、唯だけ。やっているのも私と、唯だけ。それなら大丈夫。大丈夫……だと思うんだ」
 何というのだろうか、正直なところうしろめたいという気持ちは多分にある。私が今提案した内容を実践するということは、律をはじめとする軽音部のメンバー諸君や、唯に関しては妹の憂ちゃんだとか、そういう大切な人たちに対してすら私と秘密を共有することになる。裏表なく分け隔てなくよく接してくれる彼女たちに斯様な密事を持つのは確かに心苦しいところはあるのだけれども、そうなのだけれども。
 それでもどちらを取るのか、と聞かれるのならば、私は苦心の末に唯を選択するだろう。というよりも、いや、既にしているのだ。
 何せ私はもう包み隠さず、自分の中のそういう汚い部分を唯に提示してしまったのだ。今更ありませんでした、などとは効かない。正直、迷いがないのかと聞かれるとそれは嘘になる。唯に伝えている最中にすら何度自問を繰り返したことだろうか。私が抱えているこれはその場限りの刹那的な感情なのかもしれないが、それでも――今の私に関しては間違いがないのだ。
「私ね、」
 どれ程待たされていたのだろうか。自身のことに夢中になるあまりに唯が私の上にいること、そして返しの言葉を待っていたことすら忘れてしまっていたかのようだった。
「私もね、澪ちゃんと一緒。澪ちゃんと友達でいたいし、皆ともずっと友達でいたい。でもそういうのって、さっきの澪ちゃんがいった通りに、私が変なことをしたり、いったりしたらなり立たないってことは分かったよ。私、バカだけど、何となくそれは分かる。それに、幾ら澪ちゃんが避けないからって、これは私があんなことしちゃったから……」
 そこで一度間合いを引いて一呼吸置いては、再び私の眼前。額と額がぶつかる程、目と目が絡み合う程の距離へ。
「私ってこういうところ、結構汚いのかもしれない。それでも、澪ちゃんとこういうこと、もっとしたいって思っちゃうんだ。どうしても、思っちゃうの。やっぱりこういうのって、皆にはいえない。でも、澪ちゃんとはこうやって仲良くしていたい。だから……」
 三度目だった。
「なら、二人だけの、秘密な」
「……うん」
 囁く私へと、どこか振り切った感のある唯が応じて。私たちは暫くの間をそうしていた。
 私たちは変わらず友達だけれど、それでも、その友達というやつの意味合いにも大きな変化が生じたのではないだろうか。
 それがいいことなのか悪いことなのか、私には分からなく、唯にしてもそうではないだろうかと思う。
 それでも、今だけは、何もかも、いい。
 頭の中から面倒な余事を省いて。唯と、唯の感触と、ただそれだけを選び続けることとする。


 更に翌週、音楽室にて。私たちはメンバー総出で各々の楽器を構えては配置に着き、来るべき時へと備えていた。
「じゃあ、まずは唯と澪の作った方からだな」
 部長の確認へと一同が頷きでして返す。互いが互いに目配せをし、準備万端を確認し合っては、よし。いい具合に集中出来ているようだ。律もそれを認めて、大きく振りかぶってはシンバルに腕を伸ばす。
 八分で四度。間髪入れずに唯がギターでリフを刻み、ムギと律がそれをうしろから支える。
 走ったりもたったりせずに上手いリズムで合わせる彼女らから熱が伝わって来るようで、私も負けてはいられない。リフの終わり際にEからのスライドダウンを重ねると、やがて唯が口を開く。
『Chatting Now!』


「じゃあまた明日な。明日は私らの方の曲だからしっかり覚えてこいよ、特に唯!」
「分かりました、りっちゃん隊員!」
 各々に別れの挨拶を交わしたのちに、唯の家でもう少しだけ作業をしたいということで、律ら三人のグループと、私と唯の二人は道中でそれぞれの方向へと分かれる。夕日を背負った私たちの影がまるで焼かれたような色を取る地面へと長い黒を落とし、遠くでカア、と烏が鳴いては、併せて漂う哀愁がどこか本日の終わりを感じさせる。
 今までを振り返り、そして本日の成果を鑑み。その上で私たちの作った曲は大成功だったといえる、と思う。
 全員で合わせる機会はこれが初めてだったが、確かに小さな問題点は幾らか出て来たものだけど、それも直ぐ様修正出来る範囲のもの。そもそもがいけないというような大きな失敗は非ず、当初に思い描いたような調子の曲をしっかり完成させることが出来たのではないかと思っている。
 それでも帰りがてら、自分以外のパートとのリレーションシップはどうだったか、難易度の点から演奏の再現性に不備はなかったかなどを確認しながら、委細を詰める私たちは気が付くと唯の家へと到着していた。
「ただいまー」
「お邪魔します」
 憂ちゃんは、まだ帰って来ていないらしい。玄関には常時据え置いているサンダル以外には今脱ぎ散らかしていった唯の靴しかなく、いつものことながら仕方のないことだ。私は自分のものを揃えるついでに唯のそれを隣に並べて添える。終えては、階段を上がって彼女のあとを追い掛ける。
「うー、寒い寒い。もうそろそろ春だってのに、今年は冷えるねえ」
 目一杯に身体を縮こまらせながら暖房を入れる唯を横目に、私はポットの電源を入れる。各々のカップには予めインスタントの粉と、唯の分には砂糖をスプーンでニ杯加えて準備をしておく。それが終わったら私はエリザベス、唯はギー太のチューニングやらメンテナンスに取り掛かり、頃合いになったらお湯を注いで。
「はい、唯」
「ありがと」
 そんな具合に一息入れつつ他愛のない話を交わしながら、今日のセッションでの問題点を詰め、帰って来た憂ちゃんがお茶とお菓子を用意してくれて、元々それ程多くはないものだからあっという間に今日の作業も終了する。
「ね、澪ちゃん」
 そうしてから、先日から二人きりになってからするようになった戯れを暫しの間堪能して、それでも私から誘う勇気なんてさらさらないものだから、何もかもが唯任せになってしまうのだが。
 それも終わるといよいよを以て本日の日課は終了だ。コーヒーを新しくして、私たちは一日の疲れを癒す、といえば聞こえはいいものだけれども、要は怠惰の限りを貪るように過ごすだけなのだが。
 勤勉に自らを磨いていくことも勿論大切なものだけれども、しかしどうして自らを磨くのかと問われると、来るべき時に訪れるであろう大きな問題に対して対処し得るだけの器量を身に付けるための準備なのだと私は考えるのだけれども、どうにも、それだけではマイナス要素の排除に完結し切り、その他にはなり得ないのだ。
 悪いことは起きないけれども、いいことはしかしどうだろう。ずっとそれで生きていくとしたらそれは楽しかったり、嬉しかったりするのだろうか。どうしてか、最近の私はそういうことを思っては時々頭を悩ませるようになった。起因は様々あれど、大半は唯の影響なのだろうと思う。
「澪ちゃん、あったかー」
 しかし当の本人といったらこんなもので。ハロゲンの前で二人寄り添って引っ付いていると、背筋がムズムズするような感覚が今になっても否めない。こんなことを普通の人々もやはり当たり前のような顔でやっているものなのだろうか。いや、まあ、極的には慣れの問題なのだろうとは思うのだけれども。
「ねえ、唯」
「ん?」
 それでも今一つ照れの抜けない私は、この雰囲気を多分に纏わせた沈黙を保つためには器量不足のような形になってしまう。誤魔化さざるを得ない。
「こんなことを聞くのは何ていうかその、野暮なのかもしれないけどさ。唯はどうしてあの時あんなにほら、私に喰って掛かったのかなあって」
 問われた唯は彼女にしては珍しく、心底から恥ずかしがるような仕草を見せて顔を赤くする。
 えっと、とか、その、とかいいながら暫くバツの悪そうな様子をしていたのだけれども、
「それまで私と澪ちゃんだけで曲を作ってたところにムギちゃんが加わったでしょ? あの時も少しいったんだけど、私の目標っていうか、憧れみたいな感じなんだ、澪ちゃんは。だから、その時までは二人きりだったから私が独占、っていうのも何か変だけど、一人だけで一杯澪ちゃんといられて、色々な澪ちゃんのいいところを真似出来たらなあって思ってたの」
 そうして唯は先程よりも強く、肩を押し付けて来る。
「でもほら、澪ちゃんってばムギちゃんばっかり持ち上げちゃって、自分はまるでダメみたいな感じにいっちゃって。私の知ってる澪ちゃんはムギちゃんにも負けないくらいにすごくて、全然そんなことないのにさ。へへ、思うと自分勝手だよね。それでも何かそういうところとかさ、ムギちゃんに澪ちゃんがすっぽり包まれちゃったみたいな変な感じに思っちゃって、でも、それは認めたくなくて。気付いたら澪ちゃんに当たっちゃってたような気がする」
「でも、どうしてそこまでして私のことを……」
 問われた唯は、少しの間だけ難しい顔をしたのち、
「私が、澪ちゃんのことを大好きだからかなあ」
 少しはにかんだような笑みでして、頭を寄り添った私の肩口に預ける。
「澪ちゃんはまだ自分に自信がないからっていうけど、私はほんとにそんなことないと思う。けど澪ちゃんって控え目だから、私がこういってもきっと納得しないと思うんだよね。だからね、私はこれから澪ちゃんのことをすごい、とか、可愛い、とか、大好き、とか思った時にしっかりいっていくからね。それこそ、澪ちゃんが照れて真っ赤になっちゃうくらいに」
「そ、それは……」
 既にそうなってしまっている私をおかしそうに唯が笑う。
「ほんと、男の子だとか女の子だとか関係ないんだ、私は。澪ちゃんがいい。澪ちゃんじゃないとイヤなんだ。いつも人より頑張って、それなのに照れ屋で、背が高くてかっこよくて、それなのにすごく可愛い澪ちゃんを、私は大好きなの」
「唯、それ以上はほんと、その……」
「あはは!」
 唯が笑うと彼女の柔らかい髪が揺れて、私の頬をくすぐるのだ。その感触のこそばゆさと来たら。
「私、本当に澪ちゃんと友達になれてよかった」
 唯はそうして、ぎゅっと絡めた腕に力を込める。
「これからもずっと、それこそおばあちゃんになるまで一緒に友達でいようね!」
 おばあちゃんだなんて、いつもながらの独特ないい回しに苦笑いを返しつつも、しかし間違いのないことだ。唯とはずっと、いい友達でいたい。
「私もだよ」
 ハロゲンの前で変わらず寄り添って来る彼女を支えながら、甘味の過ぎる空気と時間とを、私は溺れるように満喫するのである。
 たった今この時。背筋の冷たさと、前の暖かさとが、どうしてか心に強く焼き付いた。




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